サウジアラビアが力を入れる対外イメージ戦略「スポーツウォッシング」とは
最近スポーツで話題になることの多いサウジアラビアだが、世界中から人権侵害の常習国とみなされている。女性やLGBTQコミュニティに対する抑圧、非人道的な労働条件、表現の自由の規制など、その例は多い。
同じく人権侵害国として知られるカタールと並んで、サウジアラビアもまた、その問題を覆い隠すためにスポーツを利用、「スポーツウォッシュ」していることが知られている。
「スポーツウォッシング」とは、スポーツを使って国家や団体のイメージを書き換えようとする行為のことだ。
例えば、昨年のW杯でサウジアラビアがアルゼンチンに勝利したのも、観客が思っていたほどには意外なことではなかった。
サウジアラビアの代表チームはここ数年成長を続けていた。2018年のロシアW杯ではエジプトに勝利したし、2019年にはアラブ湾岸の国際大会ガルフカップで決勝進出。アジアのサッカー国として着実に存在感を増してきていた。
W杯ではグループリーグ敗退となったものの、アルゼンチンに対する歴史的勝利の翌日、サウジアラビア政府はその試合の日を祝日とすると発表した。
最近では、2022年12月末にポルトガルのレジェンド、クリスティアーノ・ロナウドがサウジアラビアのチーム、アル・ナスルへの移籍を発表したことも話題となった。
記者会見でロナウドはサウジアラビアのリーグを賞賛。「ヨーロッパでやるべきことはやり、すべてを手に入れました。今回の決断も非常に誇りに思っています。[中略]サウジアラビアのリーグは非常に競争が激しいのですが、あまり知られていないだけなのです」と述べた。
こうしてポルトガルのレジェンドが自国リーグにやってくるというのは、サウジアラビアにとって非常に大きなPRのチャンスとなった。キャリアの終盤とはいえ、5回もバロンドールの栄光を手にした選手がいるということは、その国のサッカーに対して注目を集めるためのかつてないほどの機会だ。
さらに、サウジアラビアは2022年5月からリオネル・メッシを同国の観光大使として任命。二人のレジェンドを活用しようとしている。
アラビア半島の盟主とも言えるサウジアラビアだが、サッカーに対して全面的な投資を惜しまない姿勢を見せている。2021年にはサウジアラビアの王族系ファンド、パブリック・インヴェストメント・ファンド(PIF)がイギリスのクラブ、ニューカッスル・ユナイテッドを買収した。
ニューカッスル・ユナイテッドは本拠地も大都市ではなく、トップクラブというわけでもない。そんなチームを買収するというのは一見意外だが、どうやらサウジアラビアにはこのチームを成長させたいという思惑があるようだ。
ニューカッスルの買収をきっかけにして、サウジアラビアは世界でも最も資金に富み、ファンも豊富で、伝統のあるリーグへの足がかりを得た。そこからヨーロッパでの影響力を増していくには十分なパイプだ。
サウジアラビアの投資家は他にも、フランスリーグのオランピック・マルセイユにも接触。また、イギリスのマンチェスター・ユナイテッドの買収には40億ユーロを提示。だがその金額では赤い悪魔のオーナーたちの首を縦に振らせることはできなかった。
サウジアラビアの「スポーツウォッシング」はサッカーにとどまらない。他のスポーツ分野でも国際的な存在感を増しつつある。
今年1月にはサウジアラビアテニス連盟が、男子テニス元世界ランク1位のラファエル・ナダル(スペイン)がサウジアラビアのテニスアンバサダーに就任したと発表した。本国スペインでは、人権問題を抱えるサウジアラビアから大金を受け取ることに批判の声も上がっている。
2029年にはアジア冬季競技大会の開催国となる予定だが、冬季競技にはあまりにも向かない気候であるため、この選定には数多くの批判が巻き起こった。
2029年のアジア冬季競技大会は、現在建設中の近未来的なメガロポリス、「ネオム」で開催予定。スポーツがよりグローバルな開発戦略の一環であることを証明している。
また、サウジアラビアは2034年にもアジア競技大会を開催予定。2030年ワールドカップ開催国にも立候補し、より大規模な国際大会の開催にも意欲的だ。
スポーツを通じて、サウジアラビアは観光客も呼び込もうと画策している。
有名選手を使ったスポーツウォッシングはしばしば大きな批判を呼び起こす。しかし、だからといって効果がないわけではない。スポーツウォッシングする側の目論見には、スポーツ団体からの強力な後ろ盾を引き寄せることもあるからだ。
「ワン・ラブ」アームバンドを巡る議論もそれを証明している。7カ国のサッカーチームキャプテンが、LGBTQ+コミュニティとの連帯を示すためにレインボー柄のアームバンドをつけたいと言った時、FIFAはそれを許さなかったのだ。
さらに、最近行われたイギリスでの調査によると、アラブ湾岸の投資マネーが流入しクラブも買収されたことによって影響力が増大。地元紙や政治家がファンや広告主の機嫌を損ねることを恐れ、サウジアラビアの人権侵害を十分に批判できなくなったという。
研究によると、「スポーツウォッシング」に抵抗するためにはファンやアスリートが行動することが重要だという。ファンやアスリートが人権侵害への抗議活動を行えば、スポーツがそういった問題と無縁のものだという思い込みを打破し、試合によって目を逸らされるのを防ぐことができるからだ。多くの人が興奮状態に陥っているスタジアムでなら、より高い効果が望めるだろう。