ガルリ・カスパロフとは?
母方の姓
早熟の天才
ソ連ジュニア選手権の最年少チャンピオン
世界デビュー
順風満帆
名人同士の大一番
世界チャンピオン
世紀の名人
コンピュータチェス
世界タイトル失冠
後進の育成
エリツィン政権支持
プーチン政権下での逮捕
政党「連帯」
亡命
ウクライナ侵攻に反対
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反プーチン派の元チェス世界チャンピオン:ガルリ・カスパロフ
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ガルリ・カスパロフとは?

ガルリ・カスパロフの名を聞いたことがあるだろうか?チェスの元世界チャンピオンで、今では反プーチン派を代表する人物となった、現在59歳のロシアの政治家だ。今回はカスパロフの波乱の半生を写真で振り返ろう。

 

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母方の姓

ユダヤ系で音楽家の一族出身の父とアルメニア人の母、クララ・カスパリアンの子として1963年に誕生したカスパロフ。当時はガリク・ヴァインシュテインと名乗っていたが、1971年に父親がこの世を去ると、母方の姓をロシア語風にした「カスパロフ」に変更、名前もロシア風の「ガルリ」に改めた。しかし、チェスへの情熱は父親譲りだった。

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早熟の天才

10代の頃からチェスの才能を発揮したカスパロフ。ソ連を代表するチェスプレイヤーたちから英才教育を受けた彼は、1975年のソ連ジュニア選手権で7位を獲得。同年、故郷のバクー市(現アゼルバイジャン)で行われた、20歳以上も対象となる一般の選手権では大人たちを打ち負かして優勝を果たした。

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ソ連ジュニア選手権の最年少チャンピオン

当時、世界チャンピオンだったアナトリー・カルポフ(写真)と、わずか12歳で対戦したこともあるカスパロフ。1976年と1977年には大会史上最年少でソ連のジュニアチャンピオンとなった。また、フランスで行われる16歳未満のプレイヤーを対象とした世界選手権にも参加している。

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世界デビュー

1979年にユーゴスラビアで開催された国際トーナメントでは、名人たちを相手に無敗で優勝。同年、世界ランク38位にランクインも果たした。新星誕生の瞬間だ。

 

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順風満帆

1980年代初頭のカスパロフは向かうところ敵なしだった。1980年に世界ジュニア選手権で優勝し、世界グランドマスターの地位を獲得。翌年には1位タイでソ連チャンピオンの座に就いたほか、 1984年のはじめには「イロレーティング」で世界ランク1位に躍り出た。

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名人同士の大一番

1984年、カスパロフははじめてモスクワの世界選手権でチャンピオンに挑戦した。対戦相手は9年間チャンピオンの座を守り続けていたカルポフだ。最初は5-0と劣勢だったカスパロフだが、攻勢に転じるや5-3と追い上げを見せた。しかし、5ヶ月にわたり48局の対局を行ったところで、両プレイヤーの健康を心配した連盟が中止を決定した。

 

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世界チャンピオン

対局中止の決定に気落ちしたカスパロフだが、リベンジに燃える決意は固かった。そして翌年、22歳の若さで世界チャンピオンに輝いたのだ。

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世紀の名人

以降、15年間にわたってタイトルを守り続けたガルリ・カスパロフ。そんな彼をチェス専門誌『New in Chess』は1999年に「世紀の名人」に選出した。公的機関との軋轢にもかかわらず、長年チェス界の王者として君臨した早熟の天才は、ついに伝説となったのだ。

 

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コンピュータチェス

カスパロフのキャリアはコンピュータの進歩と軌を一にしていた。そして、彼はコンピュータチェスの大ファンとしても知られている。1997年には、1秒間に1~3億手を読むことができるIBMのチェスマシン「ディープ・ブルー」の改良版「ディーパー・ブルー」に敗れている。世界チャンピオンが正式なルールでコンピュータに負けたのはこれが初めてのことだった。

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世界タイトル失冠

2000年、カスパロフはチェス界の新星でロシア出身のウラジーミル・クラムニクと対戦。結果は挑戦者の勝利で、カスパロフはチャンピオンの座を失った。

 

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後進の育成

2005年にプロ引退を発表するまでトーナメントに参加し続けたカスパロフは、その後、チェスに関する著作を数冊出版したほか、ノルウェー人選手、マグヌス・カールセンの育成などに携わった。カールセンは2009年と2010年にチャンピオンに輝いている。

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エリツィン政権支持

1990年にソビエト共産党と決別したカスパロフは、1993年に政治ブロック「ロシアの選択」の創設に参加。1996年の大統領選挙では当時現職だったボリス・エリツィンを支援した。

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プーチン政権下での逮捕

2000年代、カスパロフは反プーチン派運動「もう一つのロシア」の先頭に立ち、政治の世界に飛び込んだ。2007年には抗議デモの最中に2度逮捕されたが、これは当局による恣意的なものだったと見なされている。それでも、カスパロフは2008年の大統領選出馬を諦めなかった。

 

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政党「連帯」

同年、政党「連帯」を組織したカスパロフは2011年、下院選挙に不正があったとして声を挙げた。しかし、身の危険を感じた彼は終始ガードマンに囲まれていた。

 

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亡命

2012年に再び逮捕された翌年、スイスに亡命。その後、米国に渡り、現在もそこで暮らしている。また、NGO「Human Rights Foundation」の会長に就任したほか、2014年にはクロアチア国籍を取得している。

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ウクライナ侵攻に反対

反プーチン派の中でも、とりわけ現体制に批判的な人物として知られるカスパロフ。しばしば、プーチン政権による人権抑圧を告発しているが、ウクライナ侵攻が始まるとこれを強く非難。西側諸国に対し、厳しい経済制裁でロシアの横暴を阻止するよう求めた。往年のチェス名人は今、政治の世界で戦いを繰り広げている。

 

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