棋王戦第一局は引き分け、藤井聡太八冠の歩み
2024年2月7日、8日の王将戦第四局で菅井竜也八段を下し、タイトル防衛に成功した藤井聡太八冠。同じく2月に始まった棋王戦五番勝負では伊藤匠七段を挑戦者に迎え、第一局は持将棋の引き分けとなっている。
さて、棋士藤井聡太の八冠へのみちのりがどのようなものであったか、振り返ってみよう。
藤井八冠が誕生したのは、2023年の王座戦でのことだった。第71期王座戦第四局、永瀬拓矢王座が138手をもって投了、藤井聡太竜王・名人が勝利をおさめたのである。将棋界には現在八つのタイトルがあり、そのすべてを独占する棋士が初めて誕生したのだ。
藤井聡太は2002年7月19日、愛知県瀬戸市に生まれた。5歳で祖母から将棋のルールを教わり、はじめは祖父と指していたが、やがて近所の子供向け将棋教室に入る。
2012年、10歳のときに「奨励会」に入会を果たす。奨励会とはプロ棋士養成機関であり、東京と大阪に二つあるが(千駄ヶ谷の将棋会館と大阪の関西将棋会館)、藤井が入ったのは大阪の関西奨励会だった。
藤井聡太は2016年に14歳2ヶ月という若さでプロ入りを果たした。これによって、加藤一二三が1954年に打ち立てた14歳7ヶ月というそれまでの史上最年少記録は塗りかえられることになった。
そのような縁も手伝ってか、藤井聡太はデビュー戦で、現役最年長棋士であった加藤一二三と対局することになる。プロの公式戦で60歳以上も歳が離れた対局が実現することは、同じく記録的なことだった。
大先輩にあたる加藤一二三との対局を勝利で飾り、そこから怒涛の29連勝が始まった。これは公式戦の最多連勝記録である。2017年7月に佐々木勇気七段(当時)が藤井七段(当時)の30連勝を阻んだときには、世間の注目が佐々木七段のほうににわかに集まることにもなった。
藤井聡太が獲得した初タイトルは「棋聖」だった。棋聖戦は、日本将棋連盟HPで解説されているように、全棋士と女流棋士2名が参加し、一次予選・二次予選をトーナメントで行い、その勝ち上がり者とシード棋士で決勝トーナメントを行う棋戦である。当時17歳の藤井七段は2020年度の第91期棋聖戦で渡辺明棋聖に挑み、タイトルを奪取した。翌年度も同じ顔合わせとなったが藤井が防衛、さらに翌年は永瀬拓矢王座の挑戦を退け、第94期は佐々木大地七段を3勝1敗で下している。
「棋聖」の次に獲得したのは、「王位」のタイトルだった。王位戦は、全棋士と女流棋士2名で行われる棋戦で、予選と本戦リーグによって挑戦者を選出する。藤井は2020年度の第61期王位戦で木村一基王位に挑み、みごとタイトル奪取に成功、二冠となる。翌期の王位戦では、挑戦者の豊島将之竜王を4勝1敗で破り防衛に成功、第63期も同じ顔合わせで豊島九段に勝利、第64期は佐々木大地七段をしりぞけている。
叡王(えいおう)戦でもタイトルホルダーの豊島将之を破り、三冠を達成。叡王戦は比較的歴史が浅く、2017年からタイトル戦として認められるようになった棋戦だ。藤井は現在3連覇中。
将棋界に現在8つあるタイトルのなかでも、「竜王」と「名人」のタイトルは格が高く、特別な意味合いを持っている。2021年度の第34期竜王戦で藤井王位・棋聖は豊島竜王に挑戦し、4連勝でタイトルを奪取した。次の第35期では挑戦者の広瀬章人八段を下した。第36期では挑戦者に伊藤匠七段を迎え、ストレートで防衛に成功した。
5冠目となったのは「王将」のタイトルだった。第71期王将戦(七番勝負)で挑戦者となった藤井聡太竜王は、4勝0敗で渡辺明王将を破り、タイトル奪取を果たす。第72期王将戦では、挑戦者に羽生善治九段を迎え、4勝2敗で防衛に成功している。翌第73期王将戦では、菅井竜也八段を相手に4勝0敗で防衛を決めた。
次は棋王戦。「棋王」のタイトルは10期連続で渡辺明が保持していたが、2023年3月19日、第48期棋王戦第四局の結果、新しい棋王が誕生した。伊藤匠七段が挑戦者となった第49期棋王戦は2024年2月現在開催中であり、第一局が持将棋の引き分けという珍しい結果になった。
そして「名人」のタイトル。名人戦はタイトル戦のなかで最も伝統のある棋戦である。将棋界のメジャーリーグ中のメジャーリーグにあたるA級に所属する10名の棋士の総当たり戦(A級順位戦)で優勝したものが、名人への挑戦権を手にすることができる。したがって、名人になるにはまずA級棋士にならなければならない。
プロ棋士は、フリークラスという例外はあるものの、A級からC級2組まで5つのクラスに分けられている。藤井聡太がA級昇格を決めたのは2022年3月9日のことだった。B級1組の総当たり戦の最終戦で佐々木勇気七段を下し、10勝2敗の成績をおさめ、そのクラスの1位になったのだ(B級1組の成績上位者2名がA級に昇級できる)。
その3ヶ月後、将棋界のトップに君臨するA級棋士10人による総当たり戦が始まった(A級順位戦)。この優勝者が名人への挑戦者となる。結果、藤井聡太と広瀬章人八段が7勝2敗でならび、名人への挑戦権はプレーオフで決せられることになった。
プレーオフで広瀬八段を下し、晴れて挑戦権を獲得した藤井竜王(当時)は、第81期名人戦で渡辺明名人を4勝1敗で破り、2023年6月1日、20歳10ヶ月で史上最年少の名人となった。
そして2023年10月、第71期王座戦五番勝負で藤井名人は永瀬拓也王座を下して王座のタイトルを奪取し、全冠制覇を成し遂げた。全タイトルの制覇は、1996年2月に羽生善治竜王・名人が谷川浩王将から王将のタイトルを奪取して七冠となって以来、27年ぶりの偉業である。
だが、藤井聡太が語るには、将棋はとても奥が深いゲームで、どこが頂上なのかさえもぼんやりとすら見えていないという。将棋界において高まるAIの重要性も見逃せない。近年プロ棋士は研究ツールとしてAIを積極的に取り入れており、思いもよらぬ指し手が候補にあがったり、古典的な戦型がふたたび取り上げられることもある。棋士たちは盤上の物語をこれからもつむいでいくのだ。
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