1973年から同じドラマで同じ役を演じ続けている女優
1973年夏、アメリカの昼ドラ『デイズ・オブ・アワ・ライブス』に、女優スザンヌ・ロジャースはマギー・ホートン役で初登場した。
マギー・ホートンというキャラクターは、脚本家のWilliam J. Bell、プロデューサーのBetty Cordayによって新たに設定された役だった。30歳になったばかりの、脊髄に損傷を抱えた農場主の女性という設定で、これを演じる女優はスザンヌ・ロジャースをおいて他にいないと彼らは考えた。
その見立てが正しかったことはやがて明らかになり、視聴者の誰もが彼女の演技を認めたのだった。そこまではいいとして、今もスザンヌ・ロジャースはマギー・ホートン役を続投している。
2023年夏には、スザンヌ・ロジャースは同じテレビドラマの同じ役を50年間演じることになる。まさしく、テレビ界の生ける伝説だ。
こうした奇跡が起こるには、二つの条件が満たされる必要がある。一つ目は、同テレビシリーズの放送が続くこと、二つ目は、役者が役を続投することである。
スザンヌ・ロジャースとマギー・ホートンの関係を結婚になぞらえると、このペアは今年金婚式を祝うことになる。
スザンヌ・ロジャースは30歳のとき『デイズ・オブ・アワ・ライブス』に登場し、同じ役を80歳まで演じ続けている。生き馬の目を抜くような現代では考えにくいことだが、実はそれほど不思議なことでもないかもしれない。というのも、このテレビシリーズは放送1万4000回を超える長寿番組なのである。
例えば、アリス・ホートン役を演じたフランシス・レイド(赤い服の女性)は、この昼ドラで最もベテランの女優で、スザンヌ・ロジャースの先輩にあたる。1965年に出演を開始、2007年に92歳で引退するまで役を演じ抜いた。
50年間も一つの役を演じるとなると、演者といっしょにキャラクターも齢を重ねていき、当然、シナリオの上でもあらゆる事件が持ち上がる。合計3000話に登場しているマギー・ホートンについても、まさしくそのようなことが起こった。
アルコール依存症、殺されかけて奇跡の復活を遂げるといったドラマ内のエピソードや、スザンヌ・ロジャースが実人生で病気を患い、マギー・ホートンもドラマの中で同じ病気を患うということもあった。
その病気というのは、重症筋無力症だった。自己免疫疾患の一つで、目元の筋肉が脱力する症状が出ることが多い。スザンヌ・ロジャースは1984年に疾患を診断され、ほぼ一年間ドラマから遠ざからなければならなかった。
ドラマに復帰するにあたって、ロジャースはプロデューサーのBetty Cordayに、役のほうも同じ病気を患うようにしてもらえないかと申し入れた。そうすれば自分の病気を隠さずに済むし、その病気について、社会のよりよい理解を促すことができると考えたからだった。そのアイディアは実現し、彼女の病気はドラマの筋に組み込まれた。
それよりもさらに込み入っているのは、マギー・ホートンが連続殺人鬼の手にかかって殺され、その後奇跡の復活を遂げるというエピソードである。ポワロ風の殺人事件が起きる放送回で、スザンヌ・ロジャースはいっときシリーズから離脱する。
マギー・ホートンはその後も霊的存在として登場しつづけたが、この殺人事件は視聴者の不興を買ってしまった。そこでドラマの制作陣はとんでもなく思い切った決断をする。なんと、亡くなったキャラクターたちを生き返らせたのだ。
脚本チームのひとり、James E. Reillyは、謎の島をでっち上げ、マギー・ホートンやその他の登場人物がその島で生きていたというストーリーラインを作った。これによって、死んだはずの彼女はドラマの日常に戻ることができたのだった。
スザンヌ・ロジャースが同ドラマを休むことを余儀なくされた一番最近の例は、2020年11月のことだった。大きな錠剤を飲み込むときに変な具合になり、呼吸がおかしいことに気づいた彼女は、すぐに救急車を呼んだ。
『Soap Opera Digest』誌のインタビュー記事によると、彼女はその2週間後に意識を取り戻したという。何が起きたのかわからなかったが、一つだけすぐに分かったのは、新型コロナのパンデミック真っ只中の病院にいるということだった。
さらに悪いことに、1984年に発症していた重症筋無力症が、このはずみでぶりかえしてしまった。その治療とリハビリのため、さらに6週間の入院が必要となった。
2021年5月、スザンヌ・ロジャースは『デイズ・オブ・アワ・ライブス』に復帰し、視聴者はほっと安堵の息をついた。テレビ界の「生ける伝説」、マギー・ホートンがようやくお茶の間に戻ってきた瞬間だった。