親友の死、妻の病気、盗作疑惑……エド・シーランの乗り越えた苦難
エド・シーランはシンガーソングライターとして成功し、尊敬も集める人気ミュージシャン。だが、しばしば忘れられがちとはいえ、世界的スターといえども一人の人間。ふつうの人々が悩むような問題に苦しむこともある。
シーランもそのような問題に頭を悩ましているひとり。しかも、彼の場合問題は一つだけではない上に、そのどれもが出口の見えないままに積み上がっている。最近のエド・シーランは人生最悪の日々を送っているとすら言えそうだ。
2023年、そんなエド・シーランの生涯を描いた4部構成のドキュメンタリー『エド・シーラン:The Sum of It All』が公開された。吃音に悩まされていた少年が世界的な歌手になり、その新たな生活が再び崩壊していく過程が映されている。
画像:Disney Plus/Youtube
インスタグラムでの長文投稿で、シーランは2022年に自身と家族が直面したつらい経験を明かした。
写真:Instagram - @teddysphotos
その投稿にはこうある:「たったひと月の間に次のことが起こりました。まず、妊娠中だった妻に腫瘍が見つかったのですが、出産が終わるまでは治療できないと言われました。さらに、兄弟同然だった親友のジャマル・エドワーズが突然亡くなりました」
投稿はさらに続く:「そのうえ、ソングライターとしての自身の潔白を主張し、キャリアを守るための裁判もせねばなりませんでした。恐れから憂鬱になり、どんどんネガティブな考えに囚われていきました」
だがいいニュースもある。2022年5月に妻のチェリーが無事出産、二人めの娘ジュピターが生まれた。
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ジュピターの誕生は驚きとともに迎えられた。腫瘍が発見されたこともあって、夫婦は妊娠を秘密にしていたのだ。このこともまた、事態を複雑にしていたのかもしれない。とはいえ、ジュピターの出産後にチェリーは無事治療を受けられ、順調に回復しているという。
だが、幸運にも妻シェリーの腕にあった腫瘍は当初の想定よりも良性のものだと判明。出産後に行われた手術も成功し、再発もしなかった。シェリーは、腫瘍の診断を受けて非常に不安だった日、エドは地下室に降りて4時間で7つの歌を書いたと振り返っている。
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それと並行して、シーランは親友のジャマル・エドワーズを喪ってもいた。ジャマルは2022年に急逝、薬物乱用に伴う心臓発作が原因だった。
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ジャマルはシーランの親友だったというだけでなく、シーランのキャリアにおいて重要な存在でもあった。シーランのみならず、多くのイギリスのアーティストが人気を獲得するきっかけとなっているオンライン・プラットフォームのSBTVはジャマルが作ったのだ。
さらに同時期、4年間の準備期間を経てついにシーランの作品の盗作疑惑をめぐる裁判が開始。シーランは代表作「Shape of You」をめぐってサミ・ショクリとロス・オドノヒューから訴えられていた。
原告の二人は2015年にリリースされた彼らの曲「Oh Why」のコーラスが「Shape of You」で盗まれたと主張。なお、「Shape of You」は大ヒット作となり、ストリーミングサービス「Spotify」上では、2022年末にザ・ウィークエンドの「Blinding Lights」に抜かされるまで史上2番目に多く再生された曲となっていた。
訴訟は2018年に提起されていたものの、開始が遅れてちょうどシーラン受難の時期に被さってしまった。訴訟は2022年4月に終結、盗作は否定され原告側に訴訟費用の支払いが命じられた。その額は100万ドル以上になる。
その後、2023年には盗作を巡るもうひとつの訴訟も行われた。今回疑惑の対象となったのは「シンキング・アウト・ラウド」で、マーヴィン・ゲイの楽曲「レッツ・ゲット・イット・オン」からの盗作が疑われるとして、ゲイの著作権継承者が訴えたのだ。
状況は芳しくなく、『ピープル』誌によるとシーランはこの裁判に負けたら「終わりにする」とまで語っていたという:「もうやめにするつもりだ……ほんとうに侮辱的だと感じている」だが、結局は訴えが認められることはなかった。
シーランが勝訴したあと原告側は控訴しようとしたが、2023年9月20日、控訴の手続きは「確定的な効力を以て」撤回された。これはつまり、同じ訴訟を再び審理に回すことはできないという意味であり、シーランが訴訟に明け暮れる日々もついに終わりを告げたのだった。
色々な苦難を同時期に被ったシーランだったが、よくいうように、結局は時間が解決してくれたのかもしれない。2023年には9月までのワールド・ツアーに出られるようになったのだから。
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さらに、2023年5月には6番目のスタジオ・アルバム「Subtract」もリリースされた。収録曲の多くは、こういった苦難の時期にかかれたものだ。
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シーランによるとこのアルバムには10年もの時間をかけており、2022年にようやく形になったという。このアルバムについて、シーランはこう語っている:「このアルバムは僕の心の蓋を取り払ってくれた。初めて、他人の評価を気にせずに作れたんだ。大人になった今の自分に正直だと心の底から思えるものを詰め込むことができた」
『ガーディアン』紙のアレクシス・ペトリディスは同アルバムを「シーランのベストアルバムと言いきれる」「彼の曲にままある、俗受けするような表現はまったく見られない」と称賛。ニール・マコーミックは『テレグラフ』紙上で5点中5点の満点評価を与え、「淀みなく、情感豊かで、不安な感情に満ちている。自己治療のためのセラピー的なアルバム」とコメントしている。
シーランはこうも語っている:「曲を作るのは僕にとってセラピーのようなものだ。それを通じて自分の感情が把握できる。どういう曲を作ろう、とかは考えずに書き始めて、ただ思いついたものを書いていくんだ。そういうふうにして1週間くらい経つと、10年分くらい溜まっていた暗い考えがなくなっていた」
シーランはこれまでにも多くの曲を世に送り出してきたが、それはみな音楽的に良いものを作ろうとしてのこと。個人的な苦しみを形にした今回のアルバムで、新たな境地に達したのかもしれない。
このような辛い事情を率直に吐露した文章は、写真家のアニー・リーボヴィッツが撮った写真とともに発表された。リーボヴィッツの写真はシーランが受けた苦しみを映しとるとともに、彼の変化も描き出している。