称号も名誉も剥奪された英アンドルー王子:事件を振り返る
性的暴行の容疑で一市民として米国で起訴されていたヨーク公爵アンドルー王子だが、『ガーディアン』紙の報道によれば、故エリザベス女王により称号を事実上剥奪されていたという。
女王は、ヨーク公爵による性的暴行事件が明るみに出るとすべての軍務および役職を剥奪して、王室から彼を遠ざける姿勢を示したのだ。
これは、アンドルー王子が王室の公職から完全に締め出されたことを意味する。王子は被害者の一人とされるバージニア・ジュフリーに対し提訴取り下げを求めていたが、米国の裁判所がこの請求を却下したため王子は司法の場で争うことになっていた。
2022年1月13日木曜日、バッキンガムは次のような声明を発表した:「女王の承認と同意のもと、ヨーク公爵の軍務および王室の称号は女王に返還された。ヨーク公爵は公職を失ったため、一市民として裁判に臨むことになる」
ヨーク公爵の職務はただちに女王に返還されたが、これは別の王室メンバーに委ねられることになる。情報筋によれば、アンドルー王子が再び任じられることはないだろうとのことだ。
このスキャンダラスな決定は、150人以上の退役軍人が故エリザベス女王宛てに、アンドルー王子に対する「怒りと不満」を表明する手紙をしたため、王子の名誉軍務を剥奪するよう訴えたことが引き金の一つとなった。
『ガーディアン』紙の報道によると、退役軍人たちの手紙は、性的暴行容疑での提訴取り下げを求めたアンドルー王子の請求がマンハッタンの判事ルイス・カプランによって却下された翌日に女王に送付された。その中で軍人たちは「彼が通常の軍人ならとっくに解任されているはずだ」と厳しく追及したのだ。
アンドルー王子は弁護士を通じてジュフリー氏に性的虐待容疑での提訴を取り下げるよう申し立てていたが、1月12日水曜日、マンハッタンのカプラン判事によって却下されてしまった。
ジュフリー氏(写真右、38歳)は17歳の頃、米国の金融家ジェフリー・エプスタインと英国社交界の名士ギレーヌ・マクスウェルに、アンドルー王子と性的関係を持つよう強要されたと主張している。
ジュフリー氏によれば、2015年にロンドンにあるマクスウェルの自宅やニューヨークにあるエプスタインの邸宅、アメリカ領バージン諸島の私有地で何度も王子と性的関係を持つよう強要されたという。2000年2月12日、フロリダ州パームビーチにあるマル・ア・ラゴ・クラブで行われたパーティーの写真には、メラニア・トランプ、アンドルー王子、グウェンドリン・ベック、ジェフリー・エプスタインが写っている。
しかし、昨年8月、ジュフリー氏がマンハッタンの連邦裁判所で王子に対する民事訴訟を起こしたことで事態は急展開を迎えた。『Sky News』紙が報じたところでは、彼女は暴行致傷の被害に加え、まだ10代だった彼女に故意に精神的苦痛を与えたことも告発している。
一方、アンドルー王子は、このような告発では適切な自己弁護をすることができないと弁明。なぜなら、主張が曖昧すぎるからだというのだ。
2019年、世界中に衝撃を与えた『BBCニュースナイト』のインタビューの中で、彼はジュフリー氏と性的関係を持ったことを否定し、事件当日はピザハットで娘と一緒に食事をしていたと主張した。
写真:BBC
『ガーディアン』紙の報道によると、元連邦検察官でありウェストコースト弁護士事務所の共同創設者でもあるネアマ・ラフマニ氏は、次のように述べたという:「これは大きな転機です。というのも、バージニア・ジュフリー氏と原告代理人による提訴を妨げていた最大の障害が、おそらく取り除かれたことを意味するからです」
ヨーク公爵の弁護団は、ジュフリー氏はエプスタインとの間で極秘の合意に署名したことで、王子を訴える権利を放棄したと見なされると主張。しかし、この主張が受け入れられることはなかったようだ。
ジュフリー氏は2009年に50万ドルの支払いを受け取り、エプスタインと「それ以外の告発対象になり得る個人および団体のすべて」を、「見逃し、免罪し、満足させる」ことに同意していたのだ。『Mail Online』の報道によると、この合意は今月初めに公表されたという。
しかし、カプラン判事はこの合意がアンドルー王子を有利にするものではないと言明。また、現段階では、裁判所はジュフリー氏の主張に疑念を投げかける王子の意図が妥当かどうか審議する状況にないし、合意が有効かどうかを判断することもできないと述べ、これらの問題は裁判の中で議論されるべきであることを示唆した。
元連邦検察官ネアマ・ラフマニ氏いわく:「合意が明らかに王子を対象としているなら、カプラン判事は事件を却下することもできた。しかし、彼はそうしなかった」『ガーディアン』紙の報道によると、カプラン裁判官は事実の解明が必要であると考えており「事実の解明は陪審員に委ねられべきだ」と述べたという。
ジュフリー氏はマクスウェルの裁判で証言しなかったため「彼女にとっては、今回の訴訟が公的な場で主張を行う唯一の機会だ」とラフマニ元検事は言う。さらに続けて、ジュフリー氏は億万長者のエプスタインに対して性的虐待の提訴を行わないという合意をしたが「彼女の受け取った金額はまったく釣り合っていないように思える」と述べた。
この決定が意味するのは、すでに批判にさらされている英国王室がこの先長期的な法廷闘争に巻き込まれ、さらなるスキャンダルに見舞われる可能性があるということだ。
判事の決定はヨーク公爵にとっては大打撃だ。裁判が始まれば、ジュフリー氏に500万ドルにのぼるとみられる補償金を支払わない限り、公爵の名誉に大きな傷がつくことは避けがたいからだ。
アンドルー王子は660万ポンドの借金を清算したのち、今回の訴訟費用および和解金を賄うため、元妻ヨーク公爵夫人セーラとともに共同所有していたスイスのスキーハウスを1700万ポンドで売却することを余儀なくされたという。一方、故エリザベス女王は援助を拒否したと伝えられている。
『Mail Online』は事情に通じた関係者の話として、アンドルー王子がジュフリー氏との示談を選ぶ可能性が高いと伝えている、衆目を集める裁判で私生活を9ヶ月にわたって晒されるよりも、数百万ポンド支払う方を選ぶだろうというのだ。
一方、前出のラフマニ氏は、公爵が世間の目を事件から逸らすのはほとんど不可能だろうと考えている。 いわく「この事件はさらに大きくなるはずだ」
『Mail Online』が伝えるところでは、王子は控訴審に直接訴え、裁判官によって構成される委員会に事件の審理を委ねることができるという。さらに、カプラン判事の決定に異議を申し立て、再考を要求することもできるようだ。
しかし、『ガーディアン』紙は、長年王子の弁護人を務めているジュリー・レンデルマン氏が次のように述べたと伝えた:「控訴審は簡単ではありません…… アンドルー王子の弁護団が直面しているのは事実に関する問題であり、権利の問題ではありません。とすれば、判断を下すのは陪審員であり、裁判官ではないのです」
レンデルマン氏はさらにこう続けた:「判事の決定は、提起された問題すべてについて根拠を挙げています。しかも、陪審員の判断に控訴裁判所が介入するのは簡単ではありません」
王子もジュフリー氏(米国国籍だがオーストラリア在住)もともに海外に拠点を置いていることを考えると、事件は米国連邦裁判所の管轄ではないと主張して訴訟の却下を求めることができるのである。
アンドルー王子が裁判所の召喚を無視した場合、裁判は彼の出廷なしで行われることになる。『Mail Online』は、この事件は民事であり刑事事件ではないため、強制的な身柄引き渡しはできないという法律専門家の話を引用した。
Corker Binning弁護士事務所に所属する身柄引き渡しに詳しい専門家、エドワード・グランジ氏は『Mail Online』のインタビューに対して次のように述べた:「アンドルー王子の身柄が引き渡されるのは、米国の法律に照らして12ヶ月以上の禁固に相当する罪を犯した容疑で刑事告発された場合だけです」
この事件は米国の民事事件なので、英国王室に対して証言を強制することはできない。しかし、ジュフリー氏の代理人、デイヴィッド・ボイズには別の戦略がある。チャールズ皇太子、メーガン・マークル、ヨーク公爵夫人セーラといった面々を証人台に召喚する可能性に触れたのだ。特に、メーガン・マークルはアメリカ人なのでその可能性は高いと言えるだろう。
『Mail Online』によれば、裁判手続きはすでに進んでおり、事前審査(「裁判で提示する証拠および証人に関する情報を当事者間で交換する公式のプロセス」)が始まったという。
両当事者は2022年5月13日までに証拠開示することになっており、開示のプロセスは7月14日までに完了する予定だ。そして、7月28日は、双方が審理前の主張を提出する期限だが、この日程は延期される可能性もある。
何十年にもわたって性的虐待の犠牲者の代理人を務めているミッチェル・ガラベディアン氏は、アンドルー王子の証言について『ガーディアン』紙にコメントした:「証言台に立たないのは大きな間違いでしょう。王子は有名人なので、証言しなければ疑惑を生んでしまうからです。陪審員は彼がどうして証言しないのかを追及するはずです」
メディア専門の弁護士スティーブンズ氏はBBCにこう語る:「ルイス・カプラン判事が下した合理的な決定は、英国王室に大きな衝撃を与えたばかりか、憲法上の危機すら引き起こすかもしれないのです」
バッキンガムは依然コメントを控えており、王室は事件について「進行中の法的問題」と表現するに留めた。しかし、英国の専門家は『Mail Online』に対し、女王陛下は就任50周年目にして窮地に立たされてしまったと述べた。王室の栄光を記念すべき年は今、暗雲が垂れ込めている。
2022年9月、エリザベス2世がこの世を去り、英国王の座は長男チャールズ3世の手に渡った。しかし、『ガーディアン』紙によれば、これによってアンドルー王子が公務に復帰する見込みはないという。ただし、アンドルー王子は元妻セーラ・ファーガソンともども故エリザベス女王の愛犬たちを託されたと伝えられている。
写真は、家族とともに故エリザベス女王の国葬に参列するアンドルー王子。