寡作で知られたスタンリー・キューブリック監督:その傑作を振り返る
25年前の1999年3月7日、米国出身の伝説的映画監督、スタンリー・キューブリック監督がイギリスの自宅で70歳で亡くなり、世界中が悲しみに包まれた。
キューブリック監督は50年に及ぶキャリアを通し、寡作ではあったものの、歴史に残る素晴らしい名作を世に送り出した。その傑作の数々を振り返ろう。
キューブリック監督の最初の長編作品『恐怖と欲望』(1953年)は、戦争を題材にした映画だ。敵地に不時着した4人の兵士の恐怖と欲望を緊迫感とともに描いている。
落ちぶれたボクサーに降りかかる試練と愛の物語である『非情の罪』(1955年)は、戦後まもないハリウッドを代表する映画になった。低予算の白黒映画にも関わらず、ニューヨークの裏社会を巧みに描きだしている。
3作目となる長編映画『現金に体を張れ』(1956年)は、スターリング・ヘイデン演じる男が、刑務所を出てすぐに強盗事件を企て、大失敗に至るまでの物語である。
2作目の戦争映画である『突撃』(1957年)は、『恐怖と欲望』を上回る高い評価を得た。第一次世界大戦下のフランス人将校をカーク・ダグラスが見事に演じ切っている。
キューブリック監督の作品では、しばしば戦争と人間の本性が大きなテーマになっている。『スパルタカス』(1960年)では再びカーク・ダグラスを主役に据え、古代ローマの奴隷が起こした反乱を題材とする歴史映画に挑戦した。
ウラジーミル・ナボコフの同名小説を映画化した『ロリータ』(1962年)では、十代の少女に対する中年男性の熱情を生々しく描き、人間の心の葛藤を暴きだしてみせた。
『博士の異常な愛情 または私は如何にして心配するのを止めて水爆を愛するようになったか』(1964年)は、当時の核戦争への恐怖を背景とするブラックコメディである。主演のピーター・セラーズは、アメリカ大統領、マンドレイク大佐、そしてストレンジラブ博士という全く異なる3役を巧みに演じ分けている。
『2001年宇宙の旅』は、宇宙空間を見事に描いたSFの傑作だ。「感動的でありながら哲学的でもある内容が観客の無意識に直に訴えかけるように、あえて通常の理解や言語構造を歪めるような視覚体験を作ろうと考えたのです」とキューブリックはフランス公共ラジオ『ラジオ・フランス』で発言している。
『時計じかけのオレンジ』では、抑えられない暴力性や衝動、欲望といったテーマに取り組んでいる。公開から50年以上経った今でも輝きを失わないスタンリー・キューブリックの代表作の一つである。
『バリー・リンドン』(1975年)では、アイルランドの農民出身であるバリーが、18世紀の英国上流社会を上り詰め、その後転落に至るまでの一代記を描ききった。
スティーヴン・キングの小説を原作とした『シャイニング』は、ジャック・ニコルソンとシェリー・デュヴァルが夫婦の役を演じ、ジャック・ニコルソン演じる夫が狂気に陥っていく様子が描かれたサイコホラーの傑作だ。
キューブリックにとって最後の戦争映画となった『フルメタルジャケット』(1987年)は、過酷な訓練を課され、ベトナム戦争に送られる海兵隊員たちを描いている。
アルトゥル・シュニッツラーの『夢小説』を原作とした『アイズ ワイド シャット』(1999年)が、スタンリー・キューブリックの遺作となった。トム・クルーズとニコール・キッドマンが主演を務め、若く美しいカップルが誘惑に負け、本能を暴走させる姿を描いている。
スタンリー・キューブリックは、豊かな感受性と人間の本性への疑念が同居した多彩な作品を生み出してきた。惜しむらくは、手がけた作品が極めて少ないということかもしれない。とはいえ、それぞれが重厚な深みをもつ名作ぞろいなことは間違いない。お気に入りの一本は見つかっただろうか。