物議を醸した世界各地のアート作品:パリの凱旋門から排泄物まで 

「芸術家の排泄物」:ピエロ・マンゾーニ
「Domestikator」:ジョープ・ファン・リーショウト
「世界の起源」:ギュスターヴ・クールベ
「梱包された凱旋門」:クリスト&ジャンヌ=クロード
人を選ぶ現代アート
「パリのハート」:ジョアナ・ヴァスコンセロス
「ツリー」:ポール・マッカーシー
「ジ・エンド」:ヘザー・フィリップソン
「ダーティー・コーナー」:アニッシュ・カプーア
「チューリップの花束」:ジェフ・クーンズ
投機的アート?
「コメディアン」:マウリツィオ・カテラン
美学よりもアイデア
「L.O.V.E」:マウリツィオ・カテラン
「アイス・ウォッチ」:オラファー・エリアソン
「ベンタブラック」:アニッシュ・カプーア
「カエルと少年」:チャールズ・レイ
「帽子掛け、椅子、テーブル」:アレン・ジョーンズ
「ポリエステルスーツの男」:ロバート・メイプルソープ
「ディーヴァ」:ジュリアナ・ノタリ
黒人労働者が制作
「あの男(Him)」:マウリツィオ・カテラン
子供のような純粋さ
「草上の昼食」:エドゥアール・マネ
「オランピア」:エドゥアール・マネ
「14歳の小さな踊り子」:エドガー・ドガ
「泉」:マルセル・デュシャン
ジョーク ?
「ラ・ノナ・オラ」:マウリツィオ・カテラン
「マイ・ベッド」:トレイシー・エミン
「待望の……(The Long Awaited)」:パトリシア・ピッチニーニ
「芸術家の排泄物」:ピエロ・マンゾーニ

マルセル・デュシャンをはじめレディメイドに大いに影響を受けたピエロ・マンゾーニ。そんな彼が1961年に販売した署名・シリアル番号入りの缶詰の中身は…… なんと本人の排泄物だというのだが、購入者も中身については作家の言葉を信じるほかなかった。また、販売価格は金価格に応じて変動、アート市場を風刺していた:高名な芸術家の作品は何であれ売れるのである。気になる中身については諸説あるが、開けられたものはたった1つだけで、中にはさらに小さな容器が入っていたという。

 

 

「Domestikator」:ジョープ・ファン・リーショウト

どう見ても動物と関係を持つ男の姿をかたどったこの作品。当初は、テュイルリー庭園で2017年に開催された国際現代美術フェア(FIAC)にて「屋外」部門に展示されることになっていた。しかし、ルーヴル美術館は展示を拒否。館長は「インターネット上でこの作品の噂が広まり、野蛮な解釈がなされてしまったため、人々にチュイルリー庭園の伝統について誤解を与えかねないと判断した」とその理由を説明した。最終的にこの作品はポンピドゥーセンターの前庭に展示されることとなった。

「世界の起源」:ギュスターヴ・クールベ

節度とモラルが重んじられた19世紀にあって、「世界の起源」がスキャンダルにならないわけがなかった。1995年まで、この作品を実際に目にすることができたのは数人の美術愛好家だけだったという。また、以前の所有者たちは別の作品の下にこの作品を隠していた。1988年にニューヨークで1度、1992年にクールベの故郷オランで1度、計2回一般公開されたのち、オルセー美術館に持ち込まれて現在に至っている。大胆な表現とは裏腹に、クールベはこの作品に女性や恋人、母親に対する敬意をこめたとされている。

「梱包された凱旋門」:クリスト&ジャンヌ=クロード

2021年9月18日、マクロン大統領、ロズリーヌ・バシュロ文化大臣、パリ市長アンヌ・イダルゴが見守る中お披露目され、現代アートの世界で波紋を呼んだクリスト&ジャンヌ=クロード作の「梱包された凱旋門」。これはパリの象徴、凱旋門を2万5,000平方メートルにおよぶ銀色のポリプロピレン生地で多い、7,000メートルあまりの赤いロープで括り付けた作品だ。作者の2人は2020年に他界してしまったが、後年ついに梱包プロジェクトが実現し、彼らに敬意が表された。

 

人を選ぶ現代アート

しかし、この大掛かりな作品は誰からも愛されたわけではなく、数々の議論を巻き起こしたのである。実際、現代アートというのは批判や誤解に晒されることも少なくない。そこで、今回は美術史に残るスキャンダラスな作品の数々を振り返ってみよう。

 

「パリのハート」:ジョアナ・ヴァスコンセロス

パリのトラム路線T3で実施されたアートプロジェクトの一環として、2019年のバレンタインデーに除幕された「パリのハート」。地上9メートルの高さに掲げられた巨大な赤いハートは3,800枚の陶器で構成されており、夜になると無数のLEDによってライトアップされるのだ。しかし、パリ市内でも貧しいパリ18区のポルト・ドゥ・クリニャンクール駅付近に設置されたことが問題に。というのも、65万ユーロあまりの設置費用は公的資金によって賄われたほか、4万ユーロが作者に寄付されていたことが発覚したためだ。『ル・パリジャン』紙に対し、サン=トゥアン市長は「一部の人々の優先順位の付け方は私には理解できません。(中略)我々はアート作品よりも、生活にかかわる問題を解決する方が大切だと考え、展示は中止することにしました」と憤慨気味に語っている。

 

 

 

「ツリー」:ポール・マッカーシー

「ツリー」と題されたこの作品は2014年、パリのヴァンドーム広場に登場した。しかし、その形状が卑猥だとしてスキャンダルに。そして、作品が荒らされたばかりか、作者が暴行を受ける事態にまで発展。人々の反感を掻き立てた結果、1週間で撤去されてしまった。しかし、既存の価値観に対する挑戦という意図は達成したのではなかろうか。

 

 

「ジ・エンド」:ヘザー・フィリップソン

ロンドンのトラファルガー広場に2020年から2022年3月まで設置されていた、かなり型破りな作品「ジ・エンド」。巨大なサクランボを乗せたホイップクリームにはハエとドローンがたかっている。作者のヘザー・フィリップソンによれば「傲慢さと差し迫る瓦解」を象徴しているという。しかし、この作品の特徴はドローンが周囲を飛び回り、その映像を専用ウェブサイトでライブ中継したことだろう。もちろん批判もあり、『デイリー・メール』紙などは「悪夢のようだ」と書きたてた。

 

 

「ダーティー・コーナー」:アニッシュ・カプーア

アニッシュ・カプーアの展覧会の一環としてヴェルサイユ宮殿の庭園に設置され、大騒動を巻き起こした「ダーティー・コーナー」。全長60メートル、高さ8メートルの鋼鉄の塊で女性器をかたどった作品だ。お披露目の数日後には黄色のペンキが吹き付けられたほか、数カ月後にはユダヤ人差別を煽るような落書きがなされたが、作者はそれも作品の一部だとして残すことにした。同年、再び落書きが行われ「神を信じるのと同じように、芸術を敬うべし(Respect art as u trust God)」と記されることとなった。

「チューリップの花束」:ジェフ・クーンズ

2016年に作者のジェフ・クーンズから連続テロ事件被害者の慰霊としてパリ市に贈られた「チューリップの花束」。2015年と2016年に損壊の被害にあったが、作者は「アメリカとフランスの親交を示すものだ」としてこれを歓迎した。カラフルなチューリップを掲げる手をかたどったこの作品は高さ10メートル、幅8メートル、重さは土台抜きで27トンあり「献身」を象徴するとされる。しかし、 2017年、ベルヴィルの芸術家グループ「Espace 35」は「パリにあるジェフ・クーンズの作品、チューリップの花束に反対」という請願書を提出。この作品は「極端だ」と批判している。

投機的アート?

1月21日付の『リベラシオン』紙の記事では「(連続テロ事件とは)何の関係もない場所に何の関係もないこの作品を設置するのは驚きを超えて、場当たり的かつ嫌味っぽいと言わざるを得ない」という請願書の内容が公開された。そして、オリヴィエ・アサヤス監督やフレデリック・ミッテラン元文化相をはじめ20人あまりが署名。彼らは、ジェフ・クーンズについて「悪趣味で投機的なインダストリアルアートの象徴」であり「彼のアトリエとプロモーターは、がめつい巨大企業だ」としている。

 

 

「コメディアン」:マウリツィオ・カテラン

「コメディアン」は適度に熟したバナナとガムテープ、美術館「アート・バーゼル・マイアミ・ビーチ」で構成されている。作者のマウリツィオ・カテランは、「レディメイド」の先駆者マルセル・デュシャンの後継者として、既存の価値観に挑戦することで知られている。15年間の沈黙の後、2019年にバナナを壁に貼り付けただけの「コメディアン」を発表したが、そのシンプルさに加え、12万ドルという信じがたい額で売却されたことが批判を呼ぶ原因となった。

 

美学よりもアイデア

しかし、この作品に関してインスタレーションの方法や美学について語るのは意味がない。マルセル・デュシャンの「レディメイド」と同様、バナナを展示するアイデアこそが大切なのだ。この作品には4つのレプリカが存在し、すべて売却されている。そして、本物であることを示す証明書および、10日ごとにバナナを交換する方法を指定する作者のマニュアルが付属するという。

「L.O.V.E」:マウリツィオ・カテラン

2010年にミラノの王宮で開催されたカテランの個展に登場したのが「L.O.V.E」だ。作品タイトルは自由(Libertà)、嫌悪(Odio)、復讐(Vendetta)、永遠(Eternità)の頭文字をとったもので、突き立てたられた中指は高さ11メートルもある。ミラノ証券取引所の正面に設置されたこの作品は、当然のごとく荒らしの被害にあったこともある。しかし、その挑発をものともしない作者は、期間限定ではなく恒久展示をするのであれば作品はミラノ市に寄付すると宣言した。

 

「アイス・ウォッチ」:オラファー・エリアソン

人類と環境に関する取り組みをアートにすることで知られるオラファー・エリアソン。なんと、コペンハーゲン、パリ、ロンドンの展示場にグリーンランドから氷のブロックを運び込んでしまった。そして、観客は氷が解けて自壊する様子を目の当たりにすることに。しかし、100トンもの氷を輸送するにはまず氷山を切り出し、航空機に積み込んで運ばなくてはならないわけで、環境意識を高めるという目的を鑑みると少々矛盾と言わざるを得ないだろう。

 

「ベンタブラック」:アニッシュ・カプーア

2014年、ナノテクノロジーを専門とする英国企業「Surrey Nano Systems」社は世界一黒い物質「ベンタブラック」を開発した。これは、縦に整列させたカーボンナノチューブを「森林の木々のように密着」させた物質であり、可視光の吸収率は99.965%に達する。2016年には芸術家のアニッシュ・カプーアが、この素材のアートにおける独占使用権を獲得。これに憤慨した芸術家たちは「#ShareTheBlack」というハッシュタグを作って抵抗した。そして2019年、アーティストのスチュアート・センプルが「Black3.0」という漆黒の塗料を開発して反撃を開始。こちらは誰でも自由に利用することができるが、アニッシュ・カプーアだけは使用禁止だ。

「カエルと少年」:チャールズ・レイ

裸の少年がカエルを逆さ吊りにする姿を真っ白な像にした「カエルと少年」。瞳がないことも相まってカエルをいじめているようにも見えるだろう。ヴェネツィアのプンタ・デッラ・ドガーナの正面、カナル・グランデの入り口に設置されたが、快く思わない人も多かったようだ。その結果、19世紀様式のクラシックな街頭に置き換えられてしまった。キュレーターのフランチェスコ・ボナミがこの決定に反対したものの、時すでに遅し。

 

「帽子掛け、椅子、テーブル」:アレン・ジョーンズ

英国ポップアートのさきがけ、アレン・ジョーンズ。ハイヒールを履いたすらりとした女性の脚など、フェティッシュで倒錯的な魅力を強調する彼の作品は、挑発的であると同時にスキャンダラスでもある。「帽子掛け、椅子、テーブル」(1969年)と題されたこの作品はジョーンズの初期の作品の一つだ。本人はフェミニストを自認し、1960年代の婦人服のジェンダー表現にインスピレーションを受けたとしている。また、1970年代の展示会ではフェミニズムに関するパフォーマンスも取り入れている。

 

「ポリエステルスーツの男」:ロバート・メイプルソープ

1980年に撮影された美しいコントラストの白黒写真でポーズをとる男性。彼は、作者が当時、交際していた恋人だ。ところが、米上院および保守派の人々はこれを「退廃芸術」だとみなした。しかし、2015年には47万8,000ドルあまりで売却されている。

「ディーヴァ」:ジュリアナ・ノタリ

2021年1月にブラジルの芸術家ジュリアナ・ノタリが発表したこの作品。あからさまに女性の性器をかたどっていたため、批判に晒されることとなった。保守的なボルソナーロ政権を支持する人々はこの作品を「醜い」と考えたのだ。エッセイストのオラーヴォ・デ・カルヴァリョは、男性器の彫刻も並べるべきだと仄めかした。

©Instagram@juliana_notari

黒人労働者が制作

しかし「ディーヴァ」が批判を呼んだ理由はそれだけではなかった。かつてのサトウキビ畑でこの作品の制作に従事したのが男性たち(とりわけ黒人労働者)だったことが判明し(写真)、フェミニズムの趣旨に反するのではないか、奴隷制を思わせるなどとしてSNSユーザーたちからやり玉に挙げられてしまったのだ。

©Instagram@juliana_notari

「あの男(Him)」:マウリツィオ・カテラン

この作品の作者はまたしてもカテラン。もはや、スキャンダルの常連である。灰色のスーツに身を包み祈りの姿勢で膝まづくこの像の大きさは高さ101センチ、幅43.1センチ、奥行き63.5センチ、つまり、子供のサイズだ。しかし、すこし近づけば、この像の正体は悪名高きヒトラーであることがわかるだろう。

子供のような純粋さ

この彫刻がまず問題になったのは、その設置場所だ。ワルシャワには第二次世界大戦中に35万人ものユダヤ系ポーランド人が収容されたゲットーがあったが、この作品はワルシャワ・ゲットー蜂起の英雄記念碑にほど近いプロズナ通りの空き家の中庭に置かれたのだ。結局、「ナチスによるユダヤ人迫害の犠牲者たちの記憶を辱める、無意味な挑発」として撤去されることになった。さらに、子供サイズであったことから、ヒトラーの「子供らしい純粋さ」を表したものと解釈されたことも撤去に至る一因となった。

「草上の昼食」:エドゥアール・マネ

1863年、マネは芸術アカデミーで「草上の昼食」を発表し、当時の画家たちにショックを与えた。実際、この作品は当時の絵画のルールを無視しているという批判を浴びることとなった。服を着た男性たちにまじって裸の女性が描かれていることだけでなく、207×265cmという大きなキャンバスに日常の一コマを描くのも異例だったのだ。というのも、当時、このような大きな絵画は歴史画か寓意画に限られていたためだ。さらに、観客の方に視線を向けている女性は娼婦であり、挑発的だ。この作品がようやく展示されたのは1863年の「落選者展」だが、今日ではマネの代表作として世界的に有名になった。

 

「オランピア」:エドゥアール・マネ

この作品が問題視されたのは、描き方だけでなく、裸婦像というモチーフだ。しかし、画壇に受け入れられることを熱望していたマネにとって、裸婦像はティツィアーノやベラスケス、ゴヤの伝統に連なるものでしかなかった。ただし、それまでの巨匠たちが神話や寓話をモチーフにしたのに対し、マネは娼婦の姿を描いた点で違っていた。「オランピア」というタイトルもまた、当時の娼婦たちが用いた一般的な仮名だという。そして、右側に見える小さな黒猫もエロティックな表象だとされている。「オランピア」は理想ばかり追い求めていたそれまでの絵画から、日常をありのままに描くモダンアートへの道を切り開くこととなった。また、ドガやゾラをはじめ、多くの芸術家たちが娼婦たちを題材とした作品を発表する切っ掛けにもなった。

 

「14歳の小さな踊り子」:エドガー・ドガ

踊り子たちの絵でよく知られているエドガー・ドガ。リアルな動きをできる限り再現しようとしていた彼は、本物のチュチュとバレエシューズを身に着けたブロンズ像を作るに至ったのだ。ドガはこの作品を展示ケースに飾ったが、批評家たちは剥製のようなものだと見なしていた。さらに、モデルの選択も批判の的となった。少女をモチーフとしたため、小児性愛者呼ばわりされてしまったのだ。しかも、モデルとなったオペラ座バレエ学校の女学生は裸婦像のモデルを務めるばかりか、売春もしていると悪評を取っていた。

 

「泉」:マルセル・デュシャン

アートの概念を再定義したと言われるマルセル・デュシャン。そもそも、芸術作品とは何なのだろう?特定の審美基準を満たす物体のことだろうか?それとも、どんなものでも芸術作品とみなされた瞬間に作品になるのだろうか?工業製品に情熱を注いでいたとされるデュシャンは、便器に「R.Mutt」という署名をすることで芸術作品に変えてしまった。「Mutt」は英語で「間抜け」を意味する俗語だ。

 

ジョーク ?

この作品は1916年に新たに創設されたニューヨークの独立芸術家協会の元に送られたが、観客の目に触れることはなかった。というのも、ジョークだと思い込んだ主催者側が展示しなかったためだ。1950年になってようやく、マルセル・デュシャンが「泉」の作者は自分だと名乗り出て、「Mutt」というのは便器を作った会社「J. L. Mott Iron Works」のもじりだと明かした。

 

「ラ・ノナ・オラ」:マウリツィオ・カテラン

今回、マウリツィオ・カテランがターゲットにしたのはローマ教皇だ。この作品が制作された1999年当時、モデルとなったヨハネ・パウロ2世はまだ存命だった。等身大のリアルな教皇の蝋人形は観客にショックを与えるに十分だった。

 

「マイ・ベッド」:トレイシー・エミン

このインスタレーションのモチーフとなったのは、作者が自殺衝動に苛まれていたころの日々だ。失恋した彼女は数日間ベッドから出ることもできず、アルコール以外なにも喉を通らなくなってしまったのだ。ぐちゃぐちゃのベッドの周囲にはゴミが散らかっている。これを見た批評家たちは、汚いベッドなど誰にでも展示できるといって批判したが、エミンは「でも、誰もやったことなかったじゃない?」と反論したという。

 

 

「待望の……(The Long Awaited)」:パトリシア・ピッチニーニ

リアルだが不気味、不穏な感じするら与えるこの作品。無邪気な子供と気味の悪い生き物との組み合わせはまるで、SF映画から抜け出してきたようだ。観客たちは、見慣れない組み合わせを受け入れることができるか問われることになる。

 

 

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