大金持ちから一文無しへ?:全財産を失ったアスリートたち
90年代レアル・マドリードを代表する伝説、イバン・サモラーノ。15シーズンに出場し、280万ドルの財産を築いたサモラーノだが、財産の管理は苦手だったようだ。2014年に破産宣告したときには340万ドル以上の借金を抱えており、所有する家のうち14軒を売却せざるを得なかったという。
サッカーの素質と才能では王者ペレに匹敵するマノエウ・ドス・サントスだが、悪癖の点ではペレを上回っていた。ギャンブルと飲酒で散財したほか、14人もの子供を持つ彼は、1983年に49歳で亡くなったとき、うつ病で完全におかしくなっていたという。
2014年にボルチモア・レイブンズの選手としてスーパーボウル・チャンピオンに輝いたレイ・ライス。しかし、彼の人生は同じ年に暗転することになった。というのも、ニュースサイトTMZが、婚約者に暴力を振るうライスの映像をリークしたのだ。その結果、NFLはライスに無期限の出場停止を言い渡した。その後、起訴は取り下げられたものの、NFLからは解雇されている。
23歳の若さで破産宣告したジャック・ジョンソン。なによりひどいのは、1800万ドルの借金を作ったのは彼の両親だったということだ。自動車や家、休暇を手に入れるため、息子の将来の収入を当てにしてローンを組んでいたのだ。1987年生まれのジョンソンはホッケー選手としてプレーを続ける一方で、訴訟に直面することになってしまった。それでも、両親を訴えるには至っていない。
NFLに15シーズン出場し、8000万ドルの財産を築いたテレル・オーウェンス。しかし、投資の失敗や養育費、悪徳会社によって2012年に破産した。
ニュージャージー・ネッツのアメフト選手、マーク・ブリュネル。築き上げた5000万ドルの財産をジャクソンビルにあるハンバーガーチェーン、Whataburgerに投資したのが失敗の元だった。2008年の不動産危機によって彼が投資した 9店舗のうち5店舗が破産、ブリュネルは銀行残高500万ドルで負債2,500万ドルを抱える身に。結局、2010年に破産を申請した。
庭で闘犬をしたとして、2007年に刑務所に送られたアトランタ・ファルコンズのクォーターバック、マイケル・ヴィック。その結果、約1億4000万ドルを失い、破産を申請することになった。出所後、2009年にフィラデルフィア・イーグルスと契約したが、契約額は以前とは程遠いものだった。
2006年にサッカー選手としては世界最高の収入(約2600万ドル)を手にしたロナウジーニョ。ビジネスとプレーで1億ドルあまりの財産を築き上げた…… はずだったが、実は残高が45ドルしかないことを告白。その後、偽造パスポートでパラグアイに入国しようとして刑務所に送られてしまった。
1978年にモハメド・アリを打ち負かし、ボクサーとして頂点に登りつめたレオン・スピンクス。当時、推定450万ドルの収入を挙げていたとされるが、20年後には無一文でホームレス生活をすることに。散財の原因は薬物および訴訟。結局、掃除夫などの仕事で生計を立てた。
1990年のイタリア・ワールドカップでアルゼンチン相手に決勝ゴールを決め、ドイツの国民的英雄となったアンドレアス・ブレーメ。しかし、2014年にドイチェ・ヴェレ放送が報じたところによれば、17万ドルのローンに加え、34万ドルの住宅ローンに喘いでいるという。これらを返済するため、元チームメイトオリバー・シュトラウベに、排水管、浄化槽、トイレ掃除の仕事を持ちかけたという。
62のタイトルを獲得し、1983年に27歳で引退したビョーン・ボルグ。しかし、ビジネスの世界に転身する計画は失敗に終わった。スポーツ製品ブランド「ビョルン・ボルグ・デザイン」は1989年に破産してしまったのだ。8年後、スウェーデン当局は4万ドルの債務で破産宣告を行った。
シカゴ・ブルズで大活躍したNBAプレイヤー、デニス・ロッドマン、またの名を「ザ・ワーム」。コートの中でも外でも独自のカリスマ性を発揮した彼は、選手契約よりもスポンサー料で稼いでいた。ところが、80万ドルの借金を負うに至ると、知名度を利用してどんな仕事でも引き受けるように。なんと、北朝鮮の金正恩総書記ともコラボレーションしている。
テニス界の生きる伝説、ボリス・ベッカー。ウィンブルドンを3度制覇し、世界ランキング1位になったことも。キャリアを通じて 1億2600万ドルの資産を築き上げたはずだったが、2017年に破産を申請した。
アイルランド史上最高のサッカー選手としてマンチェスター・ユナイテッドの伝説となったジョージ・ベスト。名声、素質、富、すべてを手にしたベストだったが、惜しいかな管理能力に欠けていた。いわく「車、女性、酒に大金をつぎ込んだ。残りは無駄遣いしてしまった」とのこと。 2005年11月に亡くなる前にはファンに対して「俺みたいになって死ぬなよ」という名言を残している。
史上稀にみる名選手、マイク・タイソン。4億ドルの財産を築き上げたというが、どうしたらそんな大金を使い果たすことができるのだろう?答えは、離婚、豪華邸宅、宝石、オシャレ、弁護士だ。ついでに、ベンガルトラも何頭か飼っている。
現代サッカー界きっての天才プレイヤー、「ガッザ」ことポール・ガスコイン。高級車、女性、飲酒で散財し、一文無しになったガスコインだが、薬物依存は治ったようだ。
NFL屈指の名選手であるばかりか、引退後はテレビでも人気者になっていたO・J・シンプソン。元妻、ニコール・ブラウンと彼女のパートナー、ロナルド・ゴールドマンを殺害したとして逮捕されたとき、彼の純資産は推定1100万ドルに達していた。殺人罪では無罪を勝ち取ったものの、民事裁判では有罪判決を受け、ゴールドマンの遺族に3350万ドルを支払う羽目に。されに、これとは別件で2021年12月まで服役しており、もう何年も破産状態である。
2000年のシドニーオリンピックでは金メダル3つ、銅メダル3つを獲得し、陸上界の女王となったマリオン・ジョーンズ。その笑顔と存在感で世界中のスポンサーを味方につけたが、ドーピング検査で陽性が出たことで一転。罰金や訴訟費用を賄うため全財産を使い果たしたほか、母の家まで売る羽目になってしまった。
750万ドルを超える債務で資産の差し押さえを執行された元F1ドライバー、エマーソン・フィッティパルディ。ブラジル財務省が押収した動産の中には、1983年のチャンピオンシップで優勝したときのレーシングカーも含まれていた。
キャリアを通して2億5000万ドル以上の財産を築き上げた伝説のボクサー、イベンダー・ホリフィールド。しかし、高級車、プライベートパーティー、11人の子供の養育費で散財。さらに、17のバスルームと映画館、オリンピックプールまで備えた全109室の大邸宅を建てている。結局、経済的困難からリングに戻ったほか『セレブリティ・ビッグブラザー』を始めとするショー番組に出演することに。
シカゴ・ブルズの伝説、マイケル・ジョーダン(写真左)とともに活躍して大スターとなったスコッティ・ピッペン(同中央)。しかし、レストラン事業や高級リゾート事業に手を出して失敗、1億2000万ドルあまりを失ったほか、プライベートジェットでも散財している。結局、破産したピッペンは42歳にしてフィンランドのバスケットボールチームでプレーすることに。
イタリア人ストライカー、クリスティアン・ヴィエリは豪放なナイトライフを好むことでかねてから有名だった。パーティーや飲酒、ポーカーに加え、投資に失敗して1600万ドルあまり散財したほか、 2014年には母と共同経営していた会社が倒産、1600万ドル以上を失う羽目に。
「カラミティ・ジェームス」の異名を持つイギリスのゴールキーパー、ディヴィッド・ジェームス。リバプール、マンチェスター・ユナイテッド、アーセナルでプレーし、4000万ドルあまりを手にしていたが、引退の2年前、2014年に破産を申請した。 2005年に始まった離婚調停で資産の大部分を失ったためだ。
1996年のドラフト6位指名選手、アントワン・ウォーカー。初年度からバスケットボール・スターとして活躍を見せ、その後も成功を続けた彼は、12シーズンで1億800万ドルを手にした。ところが、引退からわずか2年で破産宣告。彼の財産は高級車や宝飾品、家族の援助、見込みのない投資などに消えていったのだった。
サッカーの天才、マラドーナだが完全無欠だったわけではない。 アルゼンチン代表として1986年ワールドカップのヒーローになったマラドーナだが、パーティーやナイトライフを好み、散財する傾向があったのだ。しかも、イタリア国税庁に脱税を指摘され、6100万ドルの支払いを求められる事態に。結局、2009年に破産宣告するに至った。
NBAからもう一人。2001年のMVPであり、史上稀に見る高得点プレイヤーのアレン・アイバーソン。1億5400万ドルの選手契約に加え、スポンサーからの収入もあったはずだが、浪費癖も度を越していた。フィラデルフィアの宝石店で80万ドルのスーツをオーダーメイドしたものの一度しか着なかったほか、住宅を差し押さえられて450万ドルの出費を余儀なくされたりしている。その結果、引退2年後の2012年にはすでに経済的困難に陥っていた。
史上最高のプレイヤーの仲間入りするはずだったアドリアーノ・レイテ。しかし、キャリアがピークを迎えたころに父を亡くしたのだ。このとき彼は22歳、母国ブラジルを遠く離れて暮らしていた。重度のうつ病からアルコール・薬物依存に陥ったレイテはプレーを続けたものの、依然の輝きを取り戻すことはできなかった。経済的に苦しくなったため、ブラジル一危険だとされるファヴェーラ(スラム街)、ヴィラ・クルゼイロに引っ越した。
2005年の引退と同時に破産申請を行ったバスケットボール・プレイヤー、ケニー・アンダーソン。7100万ドルも稼いでいたが、貯金していなかったという。出費の一部は、多額の養育費だった。
女子プロバスケットボール、WNBA屈指の名プレイヤーとして、5000万ドルの財産を築いたシェリル・スウープス。女子バスケットボール界のスターだったが、全財産を失ってしまった。2004年に破産を宣告をしたが、原因は主にマネージャーが不適切な投資を行ったことだという。