ヴィーガンはベジタリアンとどう違う? 思想的背景から実践法まで
ヴィーガン、あるいはヴィーガニズムという言葉を聞いたことがある人も多いだろう。最近ではヴィーガニズムを実践する人=ヴィーガンも増えてきており、有名人がみずから実践した経験について語る機会も多い。
だが、そもそもヴィーガニズムとはどのような考え方で、ヴィーガンとはいったいどのような人なのだろうか。そして、ベジタリアンとはどう違うのだろうか。ヴィーガニズムの起源から確認してみよう。
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歴史的にみると、菜食の歴史は予想以上に古い。かつての菜食は現在のヴィーガニズムとは異なった動機で行われるものも多く単純に同一視することには注意も必要だが、ヴィーガニズムも決して最近生まれたばかりの流行というわけではない。
たとえば、古代ギリシャの頃には哲学者・数学者のピタゴラスが肉食を行わなかったことで知られており、19世紀に「ベジタリアン」の語ができるまで菜食主義者はしばしば「ピタゴラス派」と呼ばれていた。
画像:ラファエッロ『アテナイの学堂』に描かれたピタゴラス(Raphael, Public domain, via Wikimedia Commons)
そのほかにも、ジャイナ教など動物を傷つけることを禁じた結果としてヴィーガニズムと同じような結論に至っている宗教もある。日本で言えば、仏教と関連した精進料理の伝統はよく知られているだろう。
画像:663highland, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons
近代的なヴィーガン運動の始まりは1944年のヴィーガン協会結成がひとつの節目だと考えられる。ヴィーガンという言葉が提唱されたのもこの時で、ベジタリアンvegetarianという言葉の短縮形としてヴィーガンveganが作られた。
そのヴィーガン協会結成の中心的人物であり、ヴィーガンという言葉を発明したのがドナルド・ワトソンだ。ワトソンは動物の権利の熱心な擁護者であり、ヴィーガニズムの基本的な姿勢もそういった考え方の強い影響下にある。
現代において、ヴィーガニズムの思想的側面で重要な役割を果たしているのが哲学者のピーター・シンガーだ。功利主義的な立場から動物倫理を研究しており、ヴィーガニズムにも主要な理論的根拠を提供している。
現代のヴィーガニズムは当初ワトソンなどが問題にした動物の権利だけでなく、環境問題など幅広い論点と結びついて大変射程の広い思想を背景としている。もちろん、実践においても対応においてもそのすべてを正確に把握する必要はないが、食事だけの問題ではないということは認識しておくべきだろう。
では、現在のヴィーガニズムは実践のレベルにおいてどのようなものとなっているのだろうか。簡単に説明すると、ヴィーガンあるいはヴィーガニズムには人間のために動物を不当に利用・搾取しないという根本的な考え方があり、菜食に基づく生活スタイルもそこから導かれるひとつのあり方ということになる。
従って、ヴィーガニズムにおいてはただ食事に際して肉類を摂取しないというだけではなく、動物の不当な搾取に由来するあらゆる製品を利用しないように心がけることになる。
ヴィーガンはその生産過程で動物が利用されているものは食べない。したがって、鶏肉を食べないのはもちろん、卵も避けることになる。
同じ理由から、牛肉を食べないのと同様に、牛乳やバター、チーズなどの乳製品も食べない。
したがって生活上の実践は食事制限だけにとどまらず、あらゆる動物性の製品を利用しないことが理想的なものとなる。実践の程度はヴィーガン個人によりさまざまだが、たとえば皮革製品や動物実験を行った医薬品・化粧品など、生産過程でなんらかのかたちで動物を不当に利用していると考えられるものはできるだけ排除すべきだという態度が一般的だ。
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さらに、ヴィーガンはグミやマシュマロなどに使われているゼラチンも食べない。ゼラチンは家畜の皮や骨などから抽出されており、やはり動物の搾取に基づく製品と考えられるからだ。
また、同じ理由からヴィーガンは開発過程において動物実験が行われた薬品や化粧品なども使わない。写真は動物実験に抗議する女優のパメラ・アンダーソン。
一方、ベジタリアンは菜食主義とも呼ばれるように、基本的には食事における態度のみを対象とした言葉だ。食事の上でも、ベジタリアンは牛乳などの乳製品や蜂蜜は摂取することが多いが、ヴィーガンは多くの場合どちらも利用しない。命を奪ってこそいないが、動物の不当な利用に基づいていることは変わらないと考えるからだ。
ベジタリアンは多くの場合、乳製品や皮革製品、動物実験を経た薬品などは利用している。生産に際して直接動物の命が奪われたわけではないからだ。
このように、ベジタリアンは肉は食べないものの、ある種の動物の利用は容認していることになる。とはいえ、ゼラチンや乳製品を食べていたとしても、日々の食事から肉や魚を抜くというだけでも大きな一歩であることは間違いない。
魚の乱獲が海の生態系を破壊してしまうのは言うまでもないが、最近では畜産業が地球環境に及ぼす悪影響も次々に明らかになってきている。
2023年に発表された『ネイチャー』誌掲載のある研究によると、食事を菜食に転換すると食事に関わる二酸化炭素排出量を最大75%も削減できるのだという。
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ちなみに、ヴィーガニズムの発想からすると副次的な効果と言うべきだろうが、ヴィーガン的な食生活には個人の健康における利点もあるとされる。『ブリタニカ百科事典』はヴィーガン食が心血管疾患や2型糖尿病のリスクを下げるとする研究があると書いている。
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ただし、無計画な菜食には栄養上のリスクがあるのも否定できない。ヴィーガニズムに興味を持って生活に取り入れたいと思った場合は急に肉食をやめるのではなく、段階を踏んで計画的に移行しよう。
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その際によくおすすめされるのが、まずは数日などと期間を決めて菜食などを採り入れてみるというやり方だ。最近はヴィーガン用の食品も充実してきているので、その期間にいままで気にしてこなかった食品をチェックしてみよう。
また、どうしてもヴィーガン生活で不足しがちな栄養素についてはサプリメントや栄養強化食品などを使うこともできる。たとえば、最近ではタンパク質が添加された製品も増えてきている。牛乳を断つ場合も、豆乳だけでなくアーモンドミルクなど様々な選択肢が存在する。
このように、ヴィーガニズムは個人的な食生活というレベルを超えて、あるべき社会の形や倫理にまで踏み込んだ総合的な考え方だ。いますぐヴィーガンになるつもりはなくとも、たまには部分的に菜食などを取り入れて食品産業や動物利用のあるべき形などについて考えてみるのもいいかもしれない。