ドラマ顔負け? メディア王ルパート・マードックの熾烈な後継者争い
ルパート・マードックは世界でも有数の影響力を誇るメディア王だ。父親から受け継いだオーストラリアの新聞社を世界的なメディア・コングロマリットに拡大し、『フォーブズ』誌によればその資産価値は217億ドル(約3兆円)とも言われている。そうしてできたニューズ・コーポレーションは数百ものメディアを抱えているが、FOXニュースやタイムズ紙などその多くが右翼的な傾向を持つとして批判を受けている。
そんなルパートも今や92歳。後継者問題が喫緊の課題だが、いまだ明確な方針がないという報道も多い。メディア界だけでなく彼の子どもたちも、この一大メディア帝国がルパートの死後誰の手に渡り、どうなるのかが気になっていることだろう。ここには『メディア王 〜華麗なる一族〜』も顔負けのドラマがある。
92歳となったルパートは深刻な健康問題を抱えている。『ヴァニティ・フェア』誌によると、2022年には新型コロナウイルスに感染した直後に白いスーツで臨んだ孫娘の結婚式で倒れこむ一幕があったほか、それ以前から腰の骨折や心臓発作、二度の肺炎、心室細動、さらにはアキレス腱断裂まで患っていたという。
それでも、老メディア王には引退するつもりはないらしい。ルパートの母親も長寿で103歳まで生きたが、2010年に『ヴァニティ・フェア』誌に「息子はけっして引退するつもりはないと思います」と語っている。
後継者が誰になるのかという点についても議論が止むことがない。『ヴァニティ・フェア』誌によるとルパートは二回目の結婚でもうけた三人の子どもたちのうちの誰かに跡を継いでほしいらしい。だがルパートはその子どもたちを互いに争わせてばかりで、たゆまぬ競争がもっとも優れた後継者を生むと信じているようだ。
マイケル・ウォルフが書いた伝記によると、末っ子のジェームズが後継者としては最も有力で、一部の人からは「一番賢い」とも考えられているらしい。ジェームズはニューズ・コーポレーションの重役を20年にわたって担ってきたが、2019年に兄との社内闘争に負け、2020年にニューズ・コーポレーション役員を辞任した。
ジェームズはすでに2017年には明確にリベラルな態度をとっており、ドナルド・トランプ大統領(当時)を批判、民主党候補に寄付をしていた。2019年には『ニューヨーカー』誌からジェームズとルパートは口もきかない期間が続いているという報道がなされた。
その政治観やヒップホップ愛の強さ、そして『ヴァイス』誌の役員就任など、ジェームズは明らかにドラマ『メディア王』のキャラクター、ケンドールのモデルだろう。ケンドールを演じるジェレミー・ストロングは、この役のオーディションの時にジェームズの真似をして靴ひもを非常にきつく結んだと語っている。
それとは対照的に、兄のラックランは父の右派的な政治観を受け継いでいる。だが、 『ヴァニティ・フェア』誌によると、ルパートはラックランがあまりにお気楽で親の遺産や七光りに頼り切った生き方をしているため会社を任せるのは不安なようだ。
ラックランは2005年にフォックス・ニュースの副最高経営責任者ロジャー・エールスと対立し辞任、シドニーに戻っていた。その頃は後継者レースでジェームズの勝利も確定かと思われたが、2015年、ルパートの必死の説得でラックランがビジネスに復帰。後継者としてもふたたび有力視されるようになった。この事実はジェームズには「顔面を張り倒されたような」(『ヴァニティ・フェア』誌)衝撃だった。
いまではラックランはニューズ・コーポレーション共同会長兼フォックス・コーポレーションCEOとなっている。後者の地位は2019年に21世紀フォックスがディズニーに買収されて以来のものだ。また、2020年の大統領選挙のときに投票不正を巡る陰謀論が話題となったが、その拡散に寄与したのはフォックス・ニュースで、ラックランの指示のもと事実ではないと知りながら報道したとされている。
『ヴァニティ・フェア』誌によると、マードック家二番目の子どもであるエリザベスはビジネスの才覚においては随一だと目されている。だが、後継者争いにおける存在感はそれほど大きくないと考えられている。というのも、エリザベスは女性であり、ルパートは「時代遅れの考えに取りつかれていて、男子に相続させたがっている」からだ。
エリザベスはマードック家の会社でしばらく働いたのち、独立して(とはいえ父親から潤沢な援助はあったが)テレビ会社を設立、成功している。エリザベスが興したシャイン・グループは2011年にニューズ・コーポレーションに6億7400万ドル(約940億円)で買収されている。ニューズ・コーポレーションの株主たちはこの買収額は身内びいきで払いすぎだとして訴訟を提起したが、後に和解に至っている。
マイケル・ウォルフの伝記によると、長女のプルーデンスは二回目の結婚までに生まれた子どものうちでこの後継者争いに関わっていない唯一の人物だという。プルーデンスはルパートが最初の結婚でもうけた子で、『ニューヨーク・マガジン』誌に言わせれば「マードック家の変わり種」とされる。
1997年、当時ルパートには4人の子どもがいたにもかかわらず、自分には3人しか子どもがいないと発言したことがあった。この発言のせいでプルーデンスとルパートの間に「最も激しい口喧嘩」が起きたという。後にプルーデンスがインタビューで語っている。
写真:プルーデンスをハグするルパート(2004)
ルパートには他にも3人目の妻であるウェンディ・デンとの間に二人の子ども、グレースとクロエがいる。ちなみにデンと結婚したのはルパートが60歳の時で、デンは当時30歳だった。二人の子どもは2001年と2003年に生まれており、後継者候補とするにはまだ若いと考えられている。
ルパートが没した際には、エリザベス、ラックラン、ジェームズ、プルーデンスの4人が投票して誰が父親を継いで意思決定を担うかを決めるとされている。というわけで、この4人は父親が死んだ後にメディア界の王となるために苛烈なデスゲームを演じているというわけだ。グレースとクロエは相続権はあるものの、この問題に関する投票権は与えられていない。
ジェームズとしては右派メディアの実権を握って環境問題の否定や陰謀論の拡散、差別的な報道姿勢を止めさせたいと考えている。エリザベスも政治的にはリベラルだが、ルパートとラックランとも親しく、だれに投票するかは読みづらい。『ヴァニティ・フェア』誌に言わせれば決め手となるのはプルーデンスであり、そもそもラックランは会社を継ぎたくないと考えている可能性もある。ジェームズとラックランの間にはまったく会話がないとも伝えられている。
こうして死後の話ばかり盛んにされるルパートだが、92歳となったいまでも自分が健在であることを必死にアピールしている。2022年には4人目の妻でモデル・女優のジェリー・ホール(ミック・ジャガーとの交際経験でも知られる)と離婚。結婚したのはルパート84歳の時で、ホールは当時69歳だった。ちなみに、『ヴァニティ・フェア』誌によると、離婚時の条件のひとつにホールはドラマ『メディア王』にストーリーのアイディアを提供しないというものがあったらしい。
ルパートは離婚後すぐにアン・レスリー・スミスと交際を開始。スミスは右派系のラジオパーソナリティで、かなり過激な陰謀論の信奉者として知られている。そして2022年に婚約を発表したと思ったら、わずか二週間後に破局。『ヴァニティ・フェア』誌によると、スミスの政治姿勢はルパートにとってもあまりに過激だったということらしい。「スミスはタッカー・カールソンが神からの使者だと言い、ルパートは受け入れなかった」というエピソードが報告されている。
写真:スミスとの婚約を報告するルパート(10 News First/Youtube)
同じころ、大統領選挙での投票不正報道をめぐる訴訟が終結。フォックス・ニュースは事実ではないと知りながら陰謀論を拡散したとして投票機械のメーカーから訴えられていたが、フォックス・ニュース側が7億8700万ドル(約1060億円)支払うことで和解に至った。和解したことで公判にはいたらなかったが、その過程でフォックス・ニュース内部での陰謀論をめぐる怪しいメールなどがいくつも明らかになった。
『ヴァニティ・フェア』誌でマードック家の特集記事を書いた記者は「衝撃的だったのは、マードック家の人々は誰もがとても不幸に見えたことだ」と語っている。その記者によると、マードック家の物語はしばしばシェークスピアの『リア王』に比されるが、むしろミダス王の逸話を思い出すのだという。「これほどの富を積み上げたルパートは、触れるものすべてを破壊してしまう。環境問題、女性の権利、共和党、真実、慎み、そして自らの家族さえも」