セレブが支持するやせ薬「オゼンピック」:その危険な副作用とは
現代社会ではほっそりとした体つきが理想とされ、セレブや余裕のある人々が、痩せる注射を打つために毎月1000ドルを支払ってい ることもそう驚くには当たらない。問題は、その注射薬が糖尿病の患者の命をつなぐ治療薬でもあり、その薬剤が十分な量出回っていないということである。
この注射薬オゼンピックは、2型糖尿病患者の血糖値を改善することが確かめられている。心臓病を抱える糖尿病患者の心臓発作や心不全のリスクを軽減し、それらによる死を防ぐ効果が期待されている。そのような薬効に鑑みて、5年ほど前にオゼンピックが承認されてからというもの、医師たちは糖尿病患者にこの治療薬を処方してきた。
オゼンピックのテレビCMはアメリカで頻繁に放送されている。使われているテーマソングはイギリスのポップバンド「パイロット」の1974年のヒットソングで、元の歌詞の「オー、オー、オー、イッツ・マジック」のくだりが「オー、オー、オー、オゼンピック」になっている。
画像:Screenshot from Ozempic commercial ™ via Youtube, Ozempic TM
糖尿病への効果をまくし立てたあと、CMはこう続く:「あなたの体重も減るかもしれません。一年間の実験の結果、この薬を使った患者は平均で12ポンド(約5.5kg)痩せました」。その音声と同時にTV画面には、「オゼンピックは体重を減らすための薬ではありません」という文言がわざとらしく表示される。
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この薬の情報をウェブサイトで調べると、オゼンピックは深刻な副作用をもたらす恐れがあることがわかる。副作用には甲状腺腫瘍やがん、膵炎、目の異変、低血糖、腎臓の障害(腎不全)、アレルギー反応、胆嚢の障害とある。
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より身近な副作用は、吐き気、嘔吐、下痢、胃痛(腹痛)、それから便秘だ。これらの反応はオゼンピックの痩せ薬としての効果に関連するものだが、「あまりにひどくなると、緊急治療室に担ぎ込まれるケースもある」とアンドリュー・クラフツマン医師は『ニューヨーク・タイムズ』紙に語っている。このような薬剤を使う場合、経過観察を行うべきだと医師は指摘する。
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『ガーディアン』紙と『バラエティ』誌はどちらも、それぞれの記事でこの薬のことを「ハリウッドにおける最悪の秘密」と呼び、「(ハリウッドの)みんながグルだ」と言う専門家のコメントを引用している。
カナダ『トロント・スター』紙によると、そしてTikTokを覗いてみると、有名人のここ最近の話題を呼んだダイエット劇の成功の影に、週一回のオゼンピック注射があったことはネット界隈で既に常識となっているようだ。例えばキム・カーダシアン。彼女はマリリン・モンローのドレスにわが身をねじ込むにあたり、その薬の恩恵にあずかったようである。他にも、ミンディ・カリング、オプラ・ウィンフリー、アデル、レベル・ウィルソンが注射で減量に成功している。
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医師らに聞くと、その注射はアメリカ国内では月におよそ1000ドルかかるという。他の国ではもっと安く手に入るかもしれない。保険が適用されるのは糖尿病の治療に使われる場合におおむね限られるので、体重を減らす用途で使いたい場合は自腹を切って購入しなけらばならない。
昨年10月、すっきりと痩せたイーロン・マスクの投稿に「いいね!」を押したアカウントが、投稿へのコメントでそのダイエットの秘訣を訊ねてみた。イーロン・マスクはそのコメントに、「絶食とウィゴヴィーのおかげだよ」と返信した。ウィゴヴィーとはオゼンピックの姉妹品で、肥満や太り過ぎにより何かしらの健康トラブルを抱えている人への治療薬として2021年に承認された薬である。この薬は飛ぶように売れ、在庫が品薄になったため、かわりにオゼンピックを処方する医師たちが出てきた。
昨年11月、イーロン・マスクは減量の成功をふたたびツイッター上で報告した。「絶食・オゼンピック/ウィゴヴィー・うまい飯を遠ざける」ことにより、30ポンド(約14kg)痩せたという内容だった。あるアカウントはその投稿にリプライし、自分は糖尿病の治療薬としてその薬を使ったが、「たちの悪いげっぷ」が出て「腐った卵のような臭い」がしたと語り、イーロン・マスクにも似たような副作用がなかったかと訊ねた。ツイッター社の親玉であるマスク氏は、「うん、尋常じゃなかったね」と答えた。
画像:Twitter
セレブたちの噂やメディアの注目、一部の医師の推奨により、「奇跡」の痩せ薬という謳い文句がソーシャル・メディア上で一気に拡散した。TikTokの「#oxempic」というハッシュタグは4億1700万ビューを記録しており、「#oxempicjourney」のタグではたくさんのユーザーたちがこの薬を試し、自らの減量体験を実況している。
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この薬剤は、GLP-1受容体に働きかけ、膵臓のインスリン分泌を促進させる効き目を持つ。さらに、肝臓から分泌される糖の量を抑え、食物が胃を通るスピードを遅らせ、食後の血糖値の急上昇を抑える。食欲も抑える。注射は一週間に一本。
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「食べ物はもちろん、飲み物ですら受けつけなくなった」と、減量目的で薬に手を出した人々はこぼしている。これは『ガーディアン』紙で医師たちが伝えたことだ。医師たちの言葉を借りると、この薬剤は「ジャンクフード版『時計じかけのオレンジ』」とのこと。小説『時計じかけのオレンジ』では、ある囚人が、犯罪や暴力について考えただけでむかつきや吐き気をおぼえるように刷り込まれる。薬を使用中の人のなかには、以前のように食事を楽しめなくなったと深く嘆くむきもある。
画像:Screenshot from A Clockwork Orange Trailer/ Youtube/ Warner Bros. Entertainment
じっさい、薬の製造元のほうも、クラッカーやトースト、米といった淡白で脂肪分の少ない食物を選び、揚げ物や脂っこいもの、甘いものを避けると吐き気は軽くて済むと明言している。メーカーは加えて、スープやゼリーのような水分の多い食物を摂り、冷水を飲むよう推奨している。
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内分泌学者のディシャ・ナラン(Disha Narang)医師が述べるには、オゼンピックを減量目的で「適応外処方」する医師が出始めているほか、何らかの方法で独自に薬を入手している患者も散見されるということだ。おそらくはオンラインで購入できたり、メキシコなど処方薬に関する法律がゆるい国から持ち込まれたりするのだろうと考えられている。
この治療薬の十分な在庫確保が難しい、あるいは不可能になりつつあるとの警告を世界中の保健機関が出さざるを得ない状況になっている。オーストラリア政府の声明によると、在庫危機は痩せるための「適応外処方」が原因であり、この薬剤はオーストラリアでは2022年11月中頃から2023年3月末まで手に入らない。
画像:Screenshot from Ozempic commercial / Youtube, Ozempic TM
世界各地の糖尿病患者は、この在庫不足のせいで別の治療薬に切り替えなければならなくなっている。「とことん頭にきますよ。腹が立ってしょうがない」とNBCに語るのは、シェーン・アントニーだ。オゼンピックの投与を10月に打ち切らざるをえなくなり、その血糖値は跳ね上がった。「僕らはこの一日を生き延びて、なんとか動き回るためにその薬を必要としているのです」とアントニーは言う。
糖尿病患者はオゼンピックが手に入らずにつらい思いをしているのだが、他方、その薬を減量のために使った人も、望まない副作用に悩まされている。副作用の一つはリバウンドだ。2022年の研究によると、薬の使用を止めた人はその一年後、薬で減った体重の3分の2を太り直していたということがわかった。
画像:Screenshot from Ozempic commercial / Youtube, Ozempic TM
クリエイターのレミ・ベイダー(Remi Bader)は、ポッドキャスト『ガリガリじゃないけど、太ってもいない』で、その薬を使った経験をシェアしている。オゼンピックをやめるやいなや、やけ食いがひどくなったこと、痩せた分の倍だけ太ったのは薬のせいだと医者が言ったことを彼女は話している。
写真:ramibader / Instagram
ハリウッドの栄養学者マット・マホーワルド(Matt Mahowald)が『ガーディアン』紙で論じるには、そのような薬はもっと大きな問題から世間の注意を逸らすことにもつながるという。つまり、極度に加工処理された食品があふれ、健康な食品がなかなか手に入らず、手に入っても高くつく、そういったアメリカの典型的な食生活に関わる本来であれば取り組むべき問題から視線がそらされる、というのだ。
健康な人がその薬を使っている場合、摂取カロリーが厳しく制限されるので、激しい運動に耐えたり筋肉を鍛えたりするのに必要な分のカロリーや栄養がとれていない可能性があると、マホーワルドは付け加える。このことはゆくゆく、健康に害をなす可能性がある。
オゼンピックは糖尿病治療薬として研究開発され、承認を受けた薬である。痩せる薬として、ではない。ウィゴヴィーも、体重に関連した症状を抱える肥満の人、太り過ぎの人を治療するためにのみ開発された薬である。「これらの薬は、もっと痩せて超スリムになりたい普通体重の人の使用は想定していません」と、ジャニス・ジン・ファン(Janice Jin Hwang)医師は『ニューヨーク・タイムズ』紙に語っている。
痩せる薬としてきちんと研究されていない薬剤を、しかも医師の指示なしで注射するとなると、それはあまりにもリスキーな行動となる。「人々がその健康を賭けてルーレットを回すのを私は見たくありません」と、クラフツマン医師は言う。
写真:Free Walking Tour Salzburg / Unsplash
ある研究によると、この手の薬物は68週までは服用しても問題が出ないらしいが、新薬オゼンピックについてはその長期的な影響はまだ研究されていない。これまで痩せる薬として、アンフェタミン、利尿剤、フェン・フェン、ジギタリス等が承認されてきたが、歴史の教えるところ、これらの薬は利益よりも害をより多くもたらした。痩せた体をキープするため、サナダムシが売りに出されたこともあった。
画像:U.S. Food and Drug Administration - Weight-Loss Ad (FDA 154) / Wikimedia
肥満は健康上のリスクにつながりうるが、健康は体重計の数値で測りきれるものでもない。医師たちは次のように提唱する。薬剤を処方されていない人は、とにかく健康な食べ物を摂り、適度に体を動かし、暮らしと健康のクオリティを高めることに打ち込むべきである。体重を減らす「奇跡の薬」に飛びつくのはやめておいたほうがいい。痩せるためには、健康になるためには薬がどうしても必要だと信じてやまない人がいたら、まずは、近所の医者に相談してみるのがおすすめだ。