パンクロッカーがロシアを脱出:スパイ映画さながら!
マーシャことマリア・アリョーヒナは、保守的なプーチン政権に異議を唱え続けてきたパンクロックバンド「プッシー・ライオット」のリーダーで、急進的フェミニストとしても知られる。以前にも投獄されたことがあるなど当局による圧力が強まる中、2022年に驚きの方法でロシアを脱出した。
マーシャが『ニューヨーク・タイムズ』紙に語った脱出劇は「スパイ映画」さながらだ。自宅軟禁中だったマーシャとガールフレンドはフードデリバリー配達員を装って警察の目を盗み、自宅を離れることに成功したのだ。
本人が『ニューヨーク・タイムズ』紙に語ったところによると、友人たちのサポートのおかげでなんとかロシアから脱出したマーシャ。友人の一人がベラルーシとの国境まで案内してくれたという。もちろん、プーチン政権と強い繋がりを持つベラルーシはロシア当局の求めに応じて反体制派の身元引き渡しに応じる可能性があった。しかし、ベラルーシからの脱出はそう簡単ではなかった。
ベラルーシに1週間潜伏したのち、マーシャはようやく強制送還される恐れのないリトアニアに入国することができた。しかし、リトアニア入国の企ても1度目は失敗に終わったという。
ロシア当局はすでに追跡を開始しており、リトアニアに入国しようとしたマーシャ一行はベラルーシの国境警備隊に6時間身柄を拘束された挙句、出国を認められなかったという。ところが、2度目の脱出を試みたマーシャに対し、ベラルーシ当局はさっさと立ち去ってこれ以上、当局の手を煩わせないよう命じたのだ。そして、3度目にはあっさり国境通過を許可してしまった。
マーシャがロシアを脱出したのは刑務所に送られるのを避けるためだった。当初下された判決は自宅軟禁だったが、ウクライナ侵攻の開始とともに変更されたのだ。これは、不穏な兆候だった。
マーシャは自分のスマートフォンの電源を入れっぱなしにして自宅に残し、囮として利用することにした。これは、マーシャがロシアの諜報機関は反体制派の居所を電話の通信から特定していると考えたためだ。
『ニューヨーク・タイムズ』の記事によれば、マーシャは名の知れた活動家として、モスクワでたびたび弾圧の対象となっていたという。とくに、ここ数ヶ月は「政治活動を妨害するため、でっち上げの罪状で」2週間おきに逮捕されていたという。
既存の価値観に対する告発を行い、反宗教的な姿勢を取るプッシー・ライオットをプーチン政権は目の敵にしている。実際、バンドメンバーのうち3人は、抗議行動の一環としてモスクワにある救世主ハリストス大聖堂に侵入したとして、懲役2年の刑を言い渡されている。
フーリガン行為のかどで起訴された若きロックミュージシャン3人が裁かれる様子を写した写真が、どれほど世界に衝撃を与えることになるか、ロシア当局は気づいていなかったようだ。
プッシー・ライオットはただのロックバンドではない。国際的な支持を集めるフェミニズム運動グループでもあるのだ。プーチン政権に目をつけられているのはそのためだ。
マーシャ率いるグループの活動のひとつにはロシアで厳しい弾圧を受ける性的マイノリティの権利擁護がある。粘り強く戦い続けるプッシー・ライオットはしかし、警察当局の弾圧に晒されることとなった。
『ニューヨーク・タイムズ』の記事で、マーシャはロシア帰国を断念したわけではないとしている。ただし、それは先の話。今のところ「ロシアは存在する価値がない」とコメントしており、帰国の目途は立っていない。
ロシアに住む反プーチン派の人々は息苦しい生活を余儀なくされている。マーシャが逮捕されたのは、インスタグラムに「ロシアの不利益」になる「ナチズムのプロパガンダ」を投稿したからであり、同様の理由で逮捕される反体制派も少なくない。
しかし、マーシャと彼女の同志たちはロシア国外から活動を続けるという決意を明らかにしている。
マーシャに残された選択肢はロシア脱出だけだった。そして、フードデリバリー配達員のフリをしてロシア警察の目を盗むという大胆な作戦は功を奏した。