じつは日本だけ? ベートーヴェンの「第九」を年末に演奏する理由とは
今年も残りあとわずかとなった。そんな歳末シーズンに欠かせない存在となっているのがベートーヴェンの交響曲第9番、通称「第九」だ。普段はクラシック音楽にそれほど馴染みがなくても、この時期に演奏される「第九」は耳にしたことがある人も多いのではないだろうか。
「第九」こと交響曲第九番はベートーヴェンが生涯で9曲完成させた交響曲の最後を飾る大作だ。スケールの大きな楽想が展開され、クライマックスには合唱も加わる大規模な作品となっている。
その合唱で歌われるのはシラー作詞の「歓喜の歌」。地上の人類全てと連帯し自然を言祝ぐ、人類愛に満ちた内容となっている。
大晦日には演奏終了と共に年越しを迎える演奏会なども催されており、年末定番の曲としての地位を不動のものとした感のある「第九」だが、じつはこれは日本独自の習慣。クラシック音楽の本場ヨーロッパでは年末に演奏する習わしが広く存在するわけではない。
海外では日本ほど一般的には年末の定番扱いを受けていない第九だが、個々のオーケストラに限って言えば大晦日に第九を演奏する習慣のところもある。そのひとつがドイツのライプツィヒにあるライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団だ。
画像:FloSch, CC BY-SA 3.0 <http://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/>, via Wikimedia Commons
ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団は1743年、世界初の民間オーケストラとして発足した歴史あるオーケストラ。ベートーヴェンを筆頭に多くの名作曲家の作品を初演してきたことでも知られている。
そのライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団が1918年、当時のカペルマイスター(楽長)アルトゥール・ニキシュの指揮の下、大晦日に市民を招いて第九を演奏した。第一次世界大戦の終結を記念したコンサートだった。
以降、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団では年末の第九演奏会が定番化。その習慣は現在まで続いている。
画像:コロナ禍中の2021年12月に第九の演奏に備えてリハーサルをする団員たち
1940年12月31日に紀元2600年記念行事の一環として日本で第九が演奏された時も、この習慣が参考にされたと言われている。
その後、終戦後間もない1940年代後半ごろから日本のオーケストラによる年末の第九演奏会が定番化していった。現在まで残る、年末に第九を演奏する習慣はこの時に確立されたようだ。
画像:unsplash / Kazuo ota
なぜこの時期にそのようなことになったのかははっきりしておらず、いくつかの説が提唱されている。ひとつには、戦後の混乱期に困窮していたオーケストラや合唱団が、大規模かつよく知られた曲を演奏することでチケットを広く販売し収入に充てられたからだと言われている。
画像:unsplash / Senad Palic
また、戦中の学徒出陣に際して第九が壮行会で演奏されたことに理由を見出す説も存在する。戦後、生還した人々が往時や戦死した仲間を偲んで演奏したというのだ。
画像:学徒出陣壮行の図 (京都帝大、須田国太郎), via Wikimedia Commons
いずれにせよ、日本で第九が広く演奏されるようになったのが戦後間もない時期だったというのは偶然ではないだろう。人類賛歌とも言える第九はしばしば平和や統合を象徴する作品として扱われてきたからだ。
写真:日系アメリカ人指揮者ケント・ナガノが2017年のG20サミットで第九を演奏した時の指揮棒を掲げるドイツのアンゲラ・メルケル首相(2018年当時)
たとえば、ベルリンの壁崩壊後や東西ドイツ統合時にも演奏されたほか、そのメロディは欧州連合の「欧州の歌」として採用されている。
画像:unsplash / Christian Lue
年末になると、テレビなどでも耳にする機会が増える第九。1918年にドイツで年末に演奏されたのは第一次世界大戦の終結を記念してのことだった。それから100年以上経った現在も、平和への祈りはいまだにそのアクチュアリティを失っていない。
今年もNHK交響楽団によるものなどを筆頭に多くの演奏会が予定されている。演奏の歴史を思い浮かべながら聞くと、平和への思いもいっそう深まるかもしれない。