一文無しで亡くなったスターたち

ヴェロニカ・レイク(1922年-1973年)
ハリウッドからレストランまで
コリー・ハイム(1971-2010)
依存症に苦しんだ俳優時代
ホイットニー・ヒューストン(1963-2012)
贅沢をやめずに迎えた晩年
マイケル・ジャクソン(1958-2009)
破産した「キング・オブ・ポップ」
ジョージ・ベスト(1946-2005)
「これ以上飲んだら命の保証はない」
ジュディ・ガーランド(1922-1969)
多額の借金
アニタ・エクバーグ(1931-2015)
強盗に入られて
マーヴィン・ゲイ(1939-1984)
借金を抱えながらの最期
ビリー・ホリデイ(1915-1959)
人生は一度きり
ジョー・ルイス(1914-1981)
人の良さから困窮生活へ
バーバラ・ハットン(1912-1979)
プロの浪費家
サミー・デイヴィスJr. (1925-1990)
金欠でがんの手術を受けられず
ベラ・ルゴシ(1882年-1956年)
棺桶の中で
ヴェロニカ・レイク(1922年-1973年)

1940年代にハリウッドで大活躍した女優のヴェロニカ・レイク。しかし、性格に難があり、仕事を失うことになってしまった。

ハリウッドからレストランまで

映画監督アンドレ・デ・トスと離婚した後はウェイトレスとして働いていた。やがてニューヨーク郊外のモーテルに住む困窮生活を余儀なくされ、警察沙汰になったことも一回ではない。そして数十年にわたる借金生活を経て、50歳で早世した。

コリー・ハイム(1971-2010)

苦難に満ちた少年時代を過ごしたカナダの俳優コリー・ハイムは、大人になってからも苦労が続き、依存症に陥り自身のキャリアも経済も破綻させてしまった。

依存症に苦しんだ俳優時代

医療保険に加入していなかったコリー・ハイムは、依存症のリハビリ施設で財産を使い果たしてしまった。最終的に数百万ドルもの医療債務と20万ドルを超える税金未払いを抱え、38歳で亡くなった。

ホイットニー・ヒューストン(1963-2012)

ロサンゼルスのホテルの客室の浴槽でホイットニー・ヒューストンが死亡しているのが発見されたとき、彼女の借金は400万ドルに膨れ上がっていた。資産は約1億ドルと推定されていたが、最後の10年余りで使い果たしてしまったようだ。

贅沢をやめずに迎えた晩年

さまざまな依存症や鎮静剤、そして贅沢な暮らしが最悪の状況を招いてしまった。「フォックス・ニュース」によると、残っていた所持金100万ドルはすべてライブ・ツアーで訪れたシドニー、パリ、ロンドンの高級ホテルの滞在費に費やされたという。

 

マイケル・ジャクソン(1958-2009)

にわかには信じがたいが、「キング・オブ・ポップ」マイケル・ジャクソンは、5億ドルの負債を抱えて亡くなっている。ただし、この世を去ってからも印税収入により債務の5倍にあたる25億ドルの収益を生み出した。

破産した「キング・オブ・ポップ」

数々の高級車やアート作品、ペットの稀少動物、宝石や豪邸などに大金を費やしたほか、莫大な額の寄付も行っていた。ファンには想像しがたいが、マイケル・ジャクソンは逝去した時には破産状態にあったのだ。

ジョージ・ベスト(1946-2005)

サッカー選手として活躍したジョージ・ベストは、自身のめちゃくちゃな生活について皮肉交じりのコメントを残している:「財産のほとんどを女と酒に費やした上に、残りもすっかり散財してしまった。」 だがアスリートとしては一流であり、「サッカーの王様」とされる元ブラジル代表ペレ選手からも賞賛を送られている。

「これ以上飲んだら命の保証はない」

主治医がジョージ・ベストに対し、ジョッキ1杯分の酒を飲んだら命を落とすと伝えたところ、それ以降はジョッキ半分のビールを注文するようになったという逸話がある。気前の良さでは誰にも負けず、いつもバーに居合わせた客の全員に一杯奢っていた。

 

ジュディ・ガーランド(1922-1969)

1939年、ジュディ・ガーランドは「両親が努力と倹約の大切さを教えてくれた」と『バラエティ』誌に語っている。しかし、それは嘘だったのかもしれない。17歳の若さで大きな成功と収入を手にした彼女は倹約家でも何でもなく、実際は高級品ばかり手にする浪費家という噂の方が勝っていた。

多額の借金

40歳の時には400万ドルの借金を抱え、自宅から立ち退きを迫られた。その後、睡眠薬の過剰摂取により命を落とした。

アニタ・エクバーグ(1931-2015)

人生の半ばまでは富と名声に彩られた優雅な暮らしを送っていたアニタ・エクバーグ。ミス・スウェーデン(1951)に選ばれ、その後フェデリコ・フェリーニ監督作品『甘い生活』に出演しハリウッド映画界のアイコンとなった。

強盗に入られて

しかし1970年代初頭から徐々にその姿をスクリーンでみることはなくなっていき、人生の後半には挫折が続いた。2011年、自宅が荒らされた時に初めて、彼女が数百万ドルの借金を抱え車いす生活を送っていたことが明らかになった。しかも、邸宅の所有者はすでに彼女ではなくなっていたのだ。

マーヴィン・ゲイ(1939-1984)

実の父親に発砲されて命を落とした米国のミュージシャン、マーヴィン・ゲイ。生前は依存症に苦しんだほか、莫大な離婚慰謝料を支払うはめに陥り財産のほとんどを失った。

 

借金を抱えながらの最期

借金の総額は200万ドル超。その半分はIRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)に対する税金滞納であり、それを理由の一つとして80年代には米国から欧州に移住している。

ビリー・ホリデイ(1915-1959)

偉大なジャズシンガーの生き方はまさに「カルペ・ディエム」(ラテン語で、”今この瞬間を楽しめ”の意味)。アルコールと薬物におぼれ、ハーレムの病院で肝硬変により死去したときには財布に70セントしか入っていなかった。

 

人生は一度きり

セラピストのリリー・ロスマンは『タイム』誌上で、44歳で死去した歌手ビリー・ホリディの生き方について語っている:「アルコールや薬物に溺れて財産を使い果たしてしまった。彼女の人生哲学は、今という瞬間を生き、人生を満喫することだったのです」

 

ジョー・ルイス(1914-1981)

世界屈指のボクサーだったジョー・ルイスは、リングの上では無敵だったが、リングを降りればあまりにも気前が良く、しかも騙されやすい人間だった。デトロイト郊外の厳しい環境で育った彼は贅沢とは無縁の暮らしをしていたが、家族が背負う多額の借金(義父の生活保護費返金や軍への寄付など)のサポートには積極的だった。

人の良さから困窮生活へ

やがてジョー・ルイスの家族や友人たちは気前の良い彼にたかるようになり、50年代後半には無一文に陥ってしまった。人生の後半30年間は貧しい生活を送り、約100万ドルの借金を抱えていたという。

 

バーバラ・ハットン(1912-1979)

「かわいそうな金持ちの小さな女の子(Poor Little Rich Girl)」と呼ばれたバーバラ・ハットンは、1億ドルを超える家財をわずか40年で浪費してしまった。

プロの浪費家

3番目の夫であるケーリー・グラントはバーバラ・ハットンについて、「あまりに器用(多才)な人間は、それを使いこなす才能も必要だ」と語った。彼女は桁外れの浪費を続け、破産して亡くなった。

サミー・デイヴィスJr. (1925-1990)

「やましいことなんかしていない。金持ちから借金をしているだけだ」歌手のサミー・デイヴィスJr.は、友人にこう語っていた。実際は、IRS(アメリカ合衆国内国歳入庁)へ税金を滞納しており、その額は1,500万ドルに達していた。

金欠でがんの手術を受けられず

音楽グループ「ラット・パック」の一員として年収100万ドルを手にするようになった。しかし、桁外れの浪費生活を送っていたことから税金も払えず、食べるために歌手をしていたようなものだった。そのため、咽頭がんを患ったときも治療費を払えず、命を落とすことになった。

ベラ・ルゴシ(1882年-1956年)

映画黎明期を飾る作品のひとつ『魔人ドラキュラ』で主演したベラ・ルゴシ。ドラキュラ伯爵がはまり役となってその後も怪人役を演じ、同時代に『フランケンシュタイン』で怪物を演じたボリス・カーロフと人気を二分した。

 

棺桶の中で

しかし出演作の質がだんだんと落ちていき、アルコールと薬物に溺れるようになる。50本以上の映画に出演したにもかかわらず、貯金も使い果たして亡くなった。

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