サケを頭に乗せて泳ぐシャチたち:”80年代のトレンド”がシャチの間に再来?
ファッションの世界では、数十年前に人気をさらったスタイルがふたたび注目を集め、復権を遂げることはめずらしくない。もしかすると、それは野生動物の世界でも同じなのかもしれない。
CNN放送は最近、米ワシントン州の沿岸部で暮らすシャチたちが、死んだサケを頭に乗せるという行動を見せるようになったと報じた。
しかし、「サケ帽子」を被っているシャチが目撃されたのは今回が初めてではない。
CNN放送によれば、1987年にあるメスのシャチが魚を頭に乗せて泳ぐという行動をとり始め、他のシャチもこれを真似するようになったそうだ。
『Biological Conversation』誌の研究者らいわく、この行動は近隣の集団にも広がっていったが、翌夏には確認例が少なくなり、その後はぱったりと下火になってしまったそうだ(ただし、ときおり「サケ帽子」を被ったシャチが目撃されてはいる)。
ところが、2024年10月末になって、写真家のジム・パソラ氏がサケを頭に乗せて泳ぐオスのシャチの姿をカメラに収めたのだ。そして、数十年ぶりに復活したシャチの奇行はネット上でもにわかに注目を集めることとなった、と『ナショナルジオグラフィック』誌が伝えている。
「J27 ブラックベリー」と名付けられたこのシャチは32歳であり、1987年の「サケ帽子」ブームを知らない世代だ。そのため、同じ群れの仲間から当時の様子を聞かされ、実際にやってみたのではないかと考えられるそうだ。しかし、そんなことがあり得るのだろうか?
『ナショナルジオグラフィック』誌の取材に応じたワシントン大学フライデーハーバー研究所の生物学者、デボラ・ジルズ博士によれば、「シャチの脳は傍辺縁系が人間以上に発達しているが、この部位は記憶や感情、言語を司っている」とのこと。つまり、若いシャチが年上のシャチから「サケ帽子」の話を聞いていたとしても不思議ではないということだ。
しかし、シャチはなぜ、死んだサケを頭に乗せたりするのだろうか? そもそも、ワシントン州沿岸部で暮らすシャチの群れにとってサケは食糧であり、ファッションアイテムではないはずなのだが……
これについて、前出のジルズ博士は「推測することしかできません」とことわりつつ、次のような説を提示している。この海域では過剰な漁獲やダム建設などの影響でサケの個体数が減り続けていたが、この秋は例外的に豊漁となったため、シャチが「食べ物で遊ぶ」余裕が生まれたというのだ。
ただし、サケを頭に乗せて泳いでいるシャチが一頭目撃されたからといって、大規模な「サケ帽子」ブームが再来したとは言い切れない。
実際、ワシントン州にあるシャチ行動学研究所のモニカ・ウィーランド・シールズ所長は「サケ帽子」について、シャチにとっては数ある遊びのひとつに過ぎない可能性を指摘している。
同所長いわく:「胸ビレに死んだサケを引っかけて海面に上半身を突き出したこともあれば、コンブを水中に引っ張ってから離し、海面上に発射して遊んでいたこともあります」
同所長はさらに、「(今回の行動)を『サケ帽子』だと見なすのは早計でしょうし、たった1枚の写真にもとづいて流行の再来だとするのは言い過ぎです」と述べ、シャチの世界で廃れたトレンドが数十年ぶりに復活したという見方には疑問を呈した。
また、前出のジルズ博士も「(『サケ帽子』は)実は大昔からシャチの行動パターンの一部だったものの、人類がようやくその行動に気づいたのが80年代だったという可能性も大いにあるでしょう」と述べ、「サケ帽子」リバイバル説には慎重だ。
今回、目撃された「J27 ブラックベリー」の行動は本当に“80年代ファッション”の再来なのかどうか、真相のほどは定かではない。いずれにしても、知能が高いシャチならではの奇行だと言えよう。また、ジルズ博士によれば、このような行動は食糧が十分にあることを示すものであり、希少なシャチにとっては好ましい兆候だそうだ。