魂はほんとうに不滅?:ノーベル賞科学者が展開する仮説
魂は不滅かどうかという難問について、人類は古代から頭を悩ませてきた。哲学、自然科学、宗教をはじめ、様々な方法で解明が試みられてきたものの決定的な答えにはいまだ至っていない。実際、魂が死後どうなるかについて、人々はそれぞれ違った考えを持っているのだ。
しかし、そもそも「魂」とは何なのだろう?西洋哲学で魂を指す「アニマ(anima)」という用語はギリシャ語の「アネモス」をラテン語化したもので、本来は「呼吸」や「風」を意味していた。様々な宗教において、人間の本質や精神、自己は魂にあるとされてきた。
写真:Pixabay
しかし、近代以降になると魂は心や意識と同様、思考する主体の一部として理解されるようになった。そして数年前、この謎に挑んだ現代の物理学者たちが共同で仮説を発表、解明の糸口が見えてきた。
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この仮説は「Orch OR(ORCHestrated Objective Reduction)理論」と呼ばれており、1990年代に物理学者のロジャー・ペンローズ(写真)とスチュワート・ハメロフが共同で提唱。意識はニューロン間の相互作用で生まれるのではなく、ニューロン内で生じるというのがこの理論の主な主張だ。
「Orch Or」理論を提唱しているロジャー・ペンローズは現代を代表する数学者・物理学者・宇宙科学者であり、2020年にはノーベル物理学賞を受賞している。
ペンローズがノーベル物理学賞を受賞したのは、ブラックホール研究における貢献が評価されたためだ。アインシュタインの一般相対性理論の帰結としてブラックホールが生じることを発見したのもペンローズだ。
また、数年前にこの世を去ったスティーヴン・ホーキング博士とは長年、ケンブリッジ大学の同僚だった。2人はブラックホールや重力の特異点に関する理論を共同で提唱している。
「Orch Or」理論のもうひとりの提唱者、スチュワート・ハメロフはアリゾナ大学で教授を務める麻酔科医だ。
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いまのところ「Orch OR」理論は仮説にすぎない。しかし、実験によって検証することができると考えられており、そのためのプロジェクトが進行中だ。
ペンローズとハメロフが提唱する「Orch OR」理論によれば、脳はこれまで考えられていたようなアルゴリズムに従って機能しているわけではない。つまり、量子力学に従って奇妙な振る舞いをするかもしれないということだ。
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「Orch OR」理論は2人の研究者がそれぞれの専門分野を組み合わせることで誕生した。脳内の微小幹細胞という生物学的側面から意識の謎に迫るハメロフと、量子論からのアプローチを行うペンローズだ。
「Orch OR」理論によれば、意識とはミクロの世界における波動であり、微小管はこの波動を情報に変換する量子コンピュータとして機能しているのだという。
量子コンピュータと従来のコンピュータの間には原理的な違いがある。従来のコンピュータは0および1のビット形式で情報処理を行うが、量子コンピュータは0と1に加え、その重ね合わせの状態を持つ量子ビットを扱うのだ。
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そして、脳が量子コンピュータだとしたら、状態の重ね合わせは意識についても当てはまるかもしれない。たとえば、リンゴを食べようか梨を食べようか迷っている人が決断を下した場合、リンゴを選択した世界と梨を選択した世界の2つが生まれてしまうかもしれないということだ(エヴェレットの多世界解釈)。
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しかし「Orch OR」理論によれば、現実に選択されなかった方の世界は不安定であり、すぐに崩壊するとされている。つまり、エヴェレットの多世界解釈では無数の世界が同時に存在しており、どの世界が現実として認識されるかランダムに決まるのに対し、ペンローズとハメロフの仮説では安定に存在できる世界はたった1つだということだ。
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従来、意識は現在主流のコンピュータと同様、ニューロン同士のネットワークによって発生すると考えられていたが、量子論はこの考え方に一石を投じることとなった。ハメロフは「ニューロンを単なるオン・オフのスイッチだと見なして脳を捉えようとするのは、ニューロンに対する侮辱だ」としている。
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ホメロフはさらに「ゾウリムシのような単細胞生物ですら泳いだり、食べ物を探したり、相手を見つけて子孫を残したりすることができるのに、ニューロンが単なるスイッチに過ぎないわけがない。そのような主張を行う科学者たちはニューロン内部の出来事を考慮していないのだろう」と主張している。
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では、このような観点からすると、魂(つまり意識)は不滅なのだろうか?
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「Orch OR」理論によれば、死に臨んで脳内の微小管は量子状態を失うが、そこに記録されていた情報は保持されるという。ハメロフは「心臓が停止し、血流が失われれば、微小管の量子状態は失われる。しかし、微小管内の量子情報は失われずに散逸し、宇宙に広がってゆくのだ」と述べている。
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ただし、この理論は意識の謎を解明しようとする多くの理論のうちの1つに過ぎず、まだ実証されていないことに留意する必要があるだろう。