究極の平和主義?:軍隊を持たない国や地域
世界各地で地政学的なリスクが高まりを見せている昨今、多くの国々で防衛予算を増額し、軍備増強を図る動きが広まっている。とはいえ、すべての国がこのような措置をとっているわけではない。
実は、世界には軍隊を持たない国や地域も少なくない。そのような場合、国防はおもに他国の支援によってカバーされているのだ。
独自の軍隊を持たない国や地域は30あるが、その実態は3種類に分類することができる。1つ目は軍事力をまったく保有しないケース(15ヵ国)。2つ目は、正規軍は存在しないが限定的な軍事力は保有しているケース(6ヵ国)。3つ目は本国に国防を依存する海外領土(9地域)だ。
軍事力をまったく保有しないケースとして代表的なのはスペインとフランスに挟まれたアンドラ公国だろう。ピレネー山脈にある国土面積わずか468平方キロメートル、人口およそ8万人の小国だ。ちなみに、有事の際にはスペインとフランスがアンドラに軍事力を提供することになっている。
カリブ海の小アンティル諸島を構成するドミニカ島。この島を領土とするドミニカ国は国土面積751平方キロメートル、人口6万9,000人あまりの共和制国家だ。1981年以来、正規軍は保有せず「地域安全保障システム」(東カリブ地域の安全保障協定)に国防を委ねている。
ドミニカ国と同様、小アンティル諸島を構成するグレナダ。344平方キロメートルの国土に人口11 万2,000人が暮らしている。王立警察は存在するものの軍隊は1983年に放棄しており、紛争の際には地域安全保障システムを頼ることとなる。
オーストラリアの北東に浮かぶ島々からなるキリバス共和国。33の環礁を持ち、排他的経済水域はおよそ350万平方キロメートルにおよぶ。1万人あまりの住民を抱えており、自国の警察に加え、オーストラリア軍の支援によって国防をカバーしている。
シェレンベルク男爵領とファドゥーツ伯爵領が合併して生まれたリヒテンシュタイン。オーストリアとスイスの間に位置しており、国土面積はわずか160平方キロメートル、人口もおよそ4万人とヨーロッパでもっとも小さい部類だ。1868年に軍隊を放棄し、隣国とは安全保障協定を結んでいるが、有事には国民の軍事訓練が認められている。
太平洋のミクロネシア地域に属するマーシャル諸島共和国。人口およそ5万人のこの国は米国と自由連合を締結しており、有事の際には米国が国防を担うことになっている。
マーシャル諸島の西方に位置するミクロネシア連邦も米国と自由連合の関係にあり、国防を米国に委ねているが、国内の治安機関としては警察が存在する。
赤道から少しだけ南側に位置する島国ナウル。面積21.3平方キロメートルの島に1万1,500人の国民が暮らす共和国だが、オーストラリアと防衛協定を結んでおり、文民統制下にある小規模な警察と共同で事態に対処することとなっている。
ミクロネシア地域に位置する人口およそ1万8,000人のパラオ共和国もマーシャル諸島やミクロネシア連邦と同様、米国との間で自由連合盟約を締結しており、国防は米国が担当している。
軍隊を持たない国が多いオセアニア地域だが、ソロモン諸島は少し事情が異なっている。人口50万人あまりを抱えるこの国は2022年に中国と安全保障協定を締結したのだ。その結果、米国やニュージーランド、オーストラリアなどとの間で緊張が高まっている。
ポリネシアに属するサモア独立国。1962年にニュージーランドから独立を果たした。人口はおよそ18万7,000人で、やはり米国が国土防衛を担っている。
カリブ海のウィンドワード諸島に属するセントルシア。国土面積は616平方キロメートル、人口は18万人ほどだ。ロイヤル・セントルシア警察隊は存在するが正規軍は保有しておらず、国防は地域安全保障システムが頼りだ。
カリブ海に浮かぶ人口およそ10万人の島国、セントビンセント及びグレナディーン諸島も地域安全保障システムに加盟している。そのため正規軍は存在しないが、特別任部部隊を含むロイヤル・セントビンセント・グレナディーン警察隊と沿岸警備隊が治安維持に当たっている。
ポリネシアに属する人口はおよそ1万2,000人の島国ツバル。建国以来、軍事力を保有したことはないが、ツバル警察が治安維持や沿岸パトロール、税関および刑務所の運営、さらには入国管理を担当している。
ローマ市の中心部に佇む世界最小の国家、バチカン市国。国土面積は0.49平方キロメートル、人口はわずか600人あまりで、スイス衛兵がローマ教皇を頂点とするカトリックの総本山を守護していることで知られるが、実質的にはイタリアが国防を担っていると言える。
ここからは、正規軍は存在しないものの限定的な軍事力は保有しているというケース。コスタリカの場合、1948年12月に常備軍を廃止したが、文民統制のもと臨時に軍隊を設置することは憲法によって認められており、実際に2度にわたって軍隊が組織されている。
1869年以来、正規軍を保有したことがないアイスランドだが、NATOの一員だけあって「アイスランド危機対応部隊」という組織が存在し、2003年にはイラクに派遣されている。
マダガスカルの東方に浮かぶ島国モーリシャス共和国。人口120万人あまりを抱えているが、常備軍は存在せず、警察トップに率いられた1万人の警察隊員たちが治安維持に当たっている。
わずか2平方キロメートルの領土に3万8,000人もの国民が暮らすモナコ公国。独立した軍隊は持たないが、小規模な沿岸警備隊や警察隊、およそ80人が所属する大公銃騎兵中隊が軍隊代わりだ。
コロンビアとコスタリカの間に位置するパナマ。国土面積7万5,517平方キロメートル、人口400万人あまりを抱える中規模な国だが、1989年の米軍によるパナマ侵攻の結果、国防軍は解体され国家保安隊が治安維持の任務を引き継ぐこととなった。
南太平洋に浮かぶ83の島々からなるバヌアツ共和国。人口はおよそ26万6,000人で、正規軍の代わりにバヌアツ機動隊が国防や治安維持に当たっている。
最後にご紹介するのは、独自の軍隊を持たない海外領土というケース。たとえば、カリブ海アンティル諸島に位置する人口6万9,000人のケイマン諸島は英国の海外領土であり、国防を担うのは当然ながら英国軍だ。ただし、地元のロイヤル・ケイマン諸島警察隊も治安維持の任に当たっている。
南太平洋に浮かぶクック諸島は人口およそ1万人を抱える自治領でニュージーランド王国の一部と見なされることも多い(日本はクック諸島を国家承認している)。したがって国防はニュージーランド頼りだが、執行には自治政府の要請と承認が不可欠だ。
カリブ海に浮かぶオランダ王国の構成国で人口およそ16万2,000人を抱えるキュラソー島。国防と外交はオランダが担っているが、島の周囲をパトロールするのは地元のカリブ海沿岸警備隊だ。
デンマーク王国を構成する自治領として18の島と5万人あまりの住民を抱えるフェロー諸島。デンマーク軍の一部門、北極圏統合司令部が国防担当だ。
オセアニアに位置するこれらの島々はフランスの海外共同体であり、国防は仏軍が責任を負うことになっている。人口はおよそ27万4,000人。
面積200万平方キロメートルという広さに加え、戦略的にも重要な場所に位置するグリーンランド。人口6万人を抱えるこの島はフェロー諸島と並んでデンマーク王国を構成する自治領となっている。そのため、国防と外交はデンマークが責任を負うが、2009年6月以降、沿岸警備隊の指揮権はグリーンランド自治政府に移管されている。
カリブ海に浮かぶ英国の海外領土、モントセラト。国土面積はおよそ102平方キロメートルでおよそ6,000人が暮らしている。軍隊は持たず、国防や治安維持は英国軍と地元警察の手に委ねられている。
「ポリネシアの岩」という異名を持つニュージーランド王国の構成国。地元警察は存在するが、国防はおもにニュージーランド軍が頼り。人口はわずか1,700人ほどだ。
カリブ海に浮かぶ人口7万2,000人のセント・マーチン島。北部はフランス領、南部はオランダ領となっており、国防は両国の軍が緊密に連携しながら行っている。