核融合で画期的な一歩:原子力エネルギーをめぐる議論は続く
『サイエンス』 誌は 2022年12月、カリフォルニア州にある国立点火施設(NIF)の研究チームが核融合のエネルギー収支をプラスにすることに成功したと報じた。つまり、投入したエネルギーを上回るエネルギーを得ることができたのだ。
ローレンス・リバモア国立研究所の一部門、国立点火施設に所属する研究者たちは、核融合燃料カプセルにレーザービームを照射することで、この成果を達成したという。これはクリーンエネルギー実現に向けた第一歩となるかもしれない。
『ガーディアン』紙によれば、1950年代以来、原子力研究者たちは安全でクリーンかつ実質的に無尽蔵なエネルギー源として、ずっとこの成果を追い求めていたという。もちろん、応用法を確立するためにはさらなる研究が必要だが、人類にとって大きな朗報であるのは間違いない。
気候変動が加速する昨今、人類に残された時間は多くない。だからこそ、原子力が環境に優しいエネルギー源として注目を集めているのだ。しかし、この技術は現時点で本当に安全だと言えるのだろうか?
国際連合は気候変動が取り返しのつかない爪痕を残すタイムリミットとして2030年を掲げており、各国はこの年までに温室効果ガスの排出量削減を目指している。そんな中、原子力発電こそ代替エネルギー候補として有力だと考える人も多いようだ。
しかし、原子力発電というと、2011年の福島第一原子力発電所事故や、1980年代に発生しHBOによってドラマ化もされたチェルノブイリ原発事故のイメージが付きまとう。
画像:HBO
原子力発電の推進派は、太陽光発電や風力発電よりも効率的だというメリットを強調。同時に、膨大な量の温室効果ガスを発生させてしまう化石燃料への依存度を下げるという意味でも、大きな意義があるとしている。
写真:2021年11月に開催されたCOP26の会場に設置された、原子力マスコットのクマ(グラスゴー)。
また、チェルノブイリをはじめとする原発事故は大げさに捉えられ過ぎていると主張する人もいる。実際、ウクライナ侵攻以前は、廃墟となった原子力発電所の周辺エリアやプリピャチのゴーストタウンに足を運ぶことも可能だった。
第26回気候変動枠組条約締約国会議(COP26)では、米国がブラジル・ケニア・インドネシアをはじめとする発展途上国に原子炉を建設するため、 2,500万ドルを投資する計画を発表。ただし、これは旧来の核分裂を利用した原子炉だ。
写真: COP26で演説する米国のジョン・ケリー気候変動担当特使。
米国同様、英国もまた原子力の推進を表明。小型モジュール原子炉に3億3000万ドル以上を投資し、温室効果ガス排出量ゼロの早期達成を目指すとしている。
一方、欧州連合は原子力エネルギーの利用をめぐって意見が一致していない。フランスやチェコをはじめとする国々は「ヨーロッパが気候変動に立ち向かう上で原子力エネルギーは不可欠だ。原子力は人々に低炭素社会をもたらす、信頼のおける資源だ」と宣言している。
2022年夏には欧州議会が原子力および天然ガスを「エコ」認定。気候変動に立ち向かう上で不可欠だとしたが、この決定には批判の声も多く挙がった。
一方、欧州連合(EU)内で原子力廃止派を率いるドイツ。当初は2022年末までに、現在国内で稼働中の原子力発電所3ヵ所を停止させる計画だった。
しかし、2022年初頭に始まったロシアによるウクライナ侵攻と、それに伴う制裁措置や天然ガスを巡る政治的攻防の結果として、天然ガスに頼るドイツの政策は見通しが立たなくなってしまったのだ。
緑の党に所属するロベルト・ハーベック経済・気候保護大臣は結局、人々の訴えに応じ、原子力発電所2ヵ所の使用期限を2023年まで延長する決断を下した。
一方、経済専門ウェブサイト「ブルームバーグ」は、中国が温室効果ガス削減目標を達成するための計画の一環として、今後15年間で原子炉150基を建設予定だと報道。今のところ、中国には原子炉が35基しかない。
原子力エネルギー反対派は、長期にわたって放射能を保ち続ける使用済み核燃料の問題を指摘。これが人体にガンをはじめとする健康被害をもたらすと危惧している。ただし、核融合の場合、旧来の原子炉のような大量の放射性廃棄物は発生しないとされている。
反対派はまた、たとえ安全対策を万全に整えたとしても、福島第一原子力発電所事故のようなリスクは付きまとうと懸念している。
『タイム』誌はMITの気候変動に関する官学連携プログラムで副所長を務めるセルゲイ・パルツェフ氏に、原子力エネルギーについて意見を求めている。これに対しパルツェフ氏は、原子力が本当にクリーンかつ安全で費用対効果の高いエネルギーなのかどうか立証する必要はあるものの、気候変動対策という面では原子力も「真剣に検討すべき」だと答えている。
賛否両論の飛び交う原子力エネルギー。一方で、気候変動を防ぐために残された時間はわずかだ。