「宇宙テロワール」とは?:宇宙で作られた味噌がオリジナルの風味を獲得
宇宙空間で初めて味噌が作られた。しかも、宇宙ステーションで30日間発酵させた味噌はおいしく食べられただけでなく、なんと独特の風味まで獲得していたという。科学ニュースサイト「NewScientist」が報じている。
今年2月に発表されたある論文のプレプリントで、宇宙空間における発酵の可能性を検証する実験が報告された。実験は米マサチューセッツ工科大学の研究所「MITメディアラボ」のプロジェクトの一環として行われており、実験対象には日本の調味料である味噌が選ばれている。
画像:https://publicdomainq.net/miso-0018849/, CC0, via Wikimedia Commons (以下、記事中の画像はイメージ)
ちなみに、プレプリントでは発酵実験に味噌が採用された理由も説明されており、テクスチャがしっかりしていて液漏れなどのリスクが低いことや、栄養や風味が豊かで宇宙飛行士の食糧として有望であることなどが挙げられている。
画像:http://www.oofree.net/photo_food/p1/miso1.html, CC0, via Wikimedia Commons
さて、このプロジェクトでは以前から味噌を宇宙空間に送ることで風味などに変化が生じるかどうかなどを検証してきた。だが、今回はさらに一歩進んで、宇宙空間で実際に味噌を発酵させて地上で発酵したものと比較したのだ。
画像:Earth Science and Remote Sensing Unit, Lyndon B. Johnson Space Center, Public domain, via Wikimedia Commons
プレプリントによると、実験が行われたのは2020年3月。デンマークのコペンハーゲンで製造された味噌を3つに分けて冷凍保存、ひとつをISS(国際宇宙ステーション)、ひとつをアメリカのマサチューセッツ州ケンブリッジ、そしてもうひとつをデンマークのコペンハーゲンで発酵させた。
こうして各地に送られた味噌は30日間発酵させた後、ゲノム分析や官能検査などさまざまな分析にかけられた。その結果わかったもっとも重要な結果は「宇宙味噌は味噌である」ことだろう。
宇宙空間は地球上とはまったく異なった環境であり、そんな宇宙で食品を発酵させるという試みはこれが初めてだった。そのため、地上とはまったく異なった結果が出てくる可能性もあったわけだが、今回の実験のおかげで宇宙でも地上と近い結果を得ることが可能だとわかったのだ。
だが、やはり宇宙での発酵は地上とまったく同じとはいかない。そのことがもっとも如実にあらわれたのが官能検査だった。宇宙味噌を地球味噌と食べ比べた結果、宇宙味噌には「ローストしたナッツのような」風味が指摘されたのだ。
画像:unsplash / Daniela Paola Alchapar
他のサンプルもそれぞれ個性があったが、宇宙味噌はプロジェクティブ・マッピングによる官能評価において他の地球味噌群に対して2.5倍以上の官能差を示したという。プレプリントではこのことから、宇宙味噌は「最も個性的な味」だったと結論付けている。
画像:Hyougushi from Izakaya Akita Kawabata Isariya Sakaba in Omachi, Akita, Akita, CC BY-SA 2.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/2.0>, via Wikimedia Commons
こういった結果から、宇宙味噌は安全に食べられる普通の味噌であるだけでなく、独特な風味も獲得しているということがわかった。ただし、この結果は必ずしも宇宙空間に特有の条件に由来するかどうか明らかではなく、地上での輸送過程などに起因する可能性も存在する。
画像:NASA, Public domain, via Wikimedia Commons
プレプリントではそういった条件すべてを包括するものとしての「宇宙テロワール」の存在を示唆している。「テロワール」とは一般的にはワインの生産などで使われる概念だ。ある土地に特有の自然的・文化的特徴の総体とされ、その土地に固有の味をもたらす要因を広い視点で捉えることを可能にする。
画像:NASA, Public domain, via Wikimedia Commons
宇宙空間での発酵には地上での輸送から宇宙ステーション内の微生物環境まで幅広い事象が影響している。そういったプロセス全体を幅広い観点から検討していくことを可能にするのが「宇宙テロワール」概念なのだ。
画像:NASA, Public domain, via Wikimedia Commons
いずれにせよ、今回の実験で宇宙空間での発酵というプロセスへの道が開かれたことはたしかだ。今後、火星への有人探査なども検討されているが、その際に問題となっているのが飛行期間の長期化と、それに伴う宇宙飛行士の食事や精神衛生の問題だ。
画像:ESA & MPS for OSIRIS Team MPS/UPD/LAM/IAA/RSSD/INTA/UPM/DASP/IDA, CC BY-SA IGO 3.0, CC BY-SA 3.0 IGO <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/3.0/igo/deed.en>, via Wikimedia Commons
たとえば火星への有人探査は往復で3年間にもわたると考えられている。それだけの期間、無味乾燥な宇宙食一辺倒の食事ばかりでは身体的・精神的に健康上の不安がある。
画像:NASA, Public domain, via Wikimedia Commons
宇宙船上で発酵食品を製造することが可能になれば、そのような問題の解決のためにひとつの新たな選択肢を提示することができる。プレプリントでは「宇宙空間での発酵は、宇宙飛行士に栄養補給と腸内環境の改善をもたらす可能性がある」とも言われている。
画像:Maksym Kozlenko, CC BY-SA 4.0 <https://creativecommons.org/licenses/by-sa/4.0>, via Wikimedia Commons
もちろん、地上にいる我々にとっても「宇宙テロワール」を味わうという楽しみが増えることになる点も無視できない。宇宙で発酵させた食品が身近になる日を楽しみにしていよう。
画像:Scott Kelly, Public domain, via Wikimedia Commons