反転攻勢の行き詰まりで揺れるウクライナ:ザルジニー前総司令官解任の舞台裏
ロシアによるウクライナ侵攻の勃発以来、ウクライナの防衛に当たってきたワレリー・ザルジニー前総司令官が解任されるのではないかという憶測がここ数週間流れていた。その後、ゼレンスキー大統領は後任人事を発表、うわさは現実のものとなった。
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BBC放送によれば、ゼレンスキー大統領は2月8日に「今日から、新たな指導部がウクライナ軍のリーダーシップを引き継ぐことになる」と説明。ザルジニー前総司令官と改革の必要性について「率直に話し合った」結果であることを強調したという。
写真:Twitter @ZelenskyyUa
BBC放送はまた、ザルジニー前総司令官の解任は2022年2月の開戦以来、ウクライナ軍指導部が経験したもっとも大きな変化だ、と伝えている。しかし、ゼレンスキー大統領は一体、なぜこのような決断を下したのだろうか?
同大統領は今回の決定について、政治的な判断によるものではなく、ウクライナ軍のニーズと司令官らの経験を吟味した結果だと説明。「軍のやり方にはさらなる技術的な進歩が不可欠です。そこで、指導体制をリセットしなくてはならなかったのです」と述べた。
ゼレンスキー大統領が総司令官を更迭しようとしているという情報は数週間前から各国のメディアで報じられていたが、解任劇の数日前にはほぼ確実視されるようになっていた。
CNN放送によれば、ウクライナでは2023年夏に予定されていた反転攻勢で思わしい成果が出なかったことから、ゼレンスキー大統領とザルジニー前総司令官の間に確執が生まれていたとのこと。
ウクライナの当局者2人が匿名を条件に明かしたところによると、ザルジニー前総司令官は1月29日に大統領府で行われた会議の場で解任を通告された模様だ。ザルジニー総司令官は国民の間で人気が高かった。
しかし、その時点でザルジニー前総司令官の解任が公表されることはなかった。それどころか、ウクライナ政府は噂を否定するコメントまで出したが、ある関係者はCNN放送に対し、解任は大統領令の発令をもって行われるはずだと漏らしていた。そして翌週、総司令官更迭が正式に発表される運びとなった。
ザルジニー前総司令官は2021年7月からウクライナ軍の指揮を執っており、ウクライナ侵攻が始まってからはロシア軍を押し返す作戦を主導してきた。実際、首都防衛やハルキウ州の奪還など、その功績は大きい。
しかし、ザルジニー前総司令官は2023年11月に『エコノミスト』誌のインタビューに応じ、戦争が膠着状態に陥っていることを暴露。これによってゼレンスキー大統領との亀裂が広がってしまったという見方もある。
当時、ザルジニー前総司令官は「ちょうど第1次世界大戦のときと同じように、わが軍は技術的な限界から膠着状態に陥ってしまいました。エレガントで根本的な突破口はおそらく存在しないでしょう」と語っていた。
一方、『ワシントン・ポスト』紙は、戦略や市民の動員に関しても両者の間で意見の食い違いがあったと報道。ザルジニー前総司令官は50万人の動員を求めたが、ゼレンスキー大統領は非現実的だとしてこの要求を突っぱねたらしいのだ。
ともあれ、ゼレンスキー大統領はイタリアのRAI放送が2月4日に行ったインタビューの中で、ザルジニー前総司令官の解任を仄めかしていた。
インタビューの中で、ゼレンスキー大統領はウクライナ軍指導部の刷新を検討していることを認め、新たなスタートを切るために複数の高官を解任する予定だと説明したのだ。
『ニューヨーク・タイムズ』紙によれば、ゼレンスキー大統領は「リセットと新たなスタートが不可欠です。私にはいま真剣に検討していることがありますが、これはひとりの人物に関するものではなく、わが国の指導部の方向性に関するものです」と述べたという。
一方、『キーウ・ポスト』紙はゼレンスキー大統領の刷新計画について、ウクライナ軍の指導部のみならず政府高官をも対象とした大規模なものとなることを示唆。
ゼレンスキー大統領は「軍をはじめとする個別の部門だけでなく、多数の政府高官が更迭されることになるでしょう(ザルジニー前総司令官の)解任は検討していますが、彼ひとりを更迭しておしまいというわけではありません」とコメントした。
同大統領はさらに、「勝利を望むのであれば、目標に向かい一致団結して取り組まなくてはなりません。弱気になったり消極的になったりすることなく、前向きな姿勢を保たなくてはならないのです。だからこそ、再スタートや人事刷新が焦点になるわけです」としている。
しかし、当初は解任対象となる政府高官もザルジニー前総司令官の後任者も明らかにされていなかった。そんな中、『ワシントン・ポスト』紙はウクライナ国防省のキリロ・ブダノフ情報総局長が有力候補だと伝えていた。
同紙は、ブダノフ情報総局長が総司令官に就任にすれば戦況はますます非対称戦争の様相を呈するだろうと分析。というのも、同局長は通常の部隊を率いた経験を持たないが、特殊部隊の作戦に深く関わっていたためだ。
ところが、実際にザルジニー前総司令官の後任となったのは、ウクライナ陸軍司令官として戦闘の指揮を担ってきたベテランのオレクサンドル・シルスキー上級大将だった。
シルスキー上級大将は開戦直後にウクライナ北部の防衛に貢献したほか、2022年には反転攻勢を成功させハルキウ州の大部分を奪還したという実績を持つ。
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