動物に育てられた子どもたち:生い立ちとその後

驚くべき適応能力
野生児
歴史全体でも100件ほどの報告
ダイナ・サニチャー
狼のような行動
言葉は話せるようにならず
マリーナ・チャップマン
サルの群れと生活
『失われた名前』
悲劇の少女
14歳の時に転機が
オクサナ・マラヤ
野外に放置
野良犬に混ざる
5歳児程度の言語能力を獲得
オデッサで生活
ジョン・セブンヤ
大きな寄生虫が
歌手にしてスポーツ選手
鳥少年のプラヴァ
精神疾患を抱えた母親
羽のように腕を振る
治療施設へ
マルコス・ロドリゲス・パントーヤ
19歳で発見
地元の伝説に
論文や映画にも
野生が恋しい
驚くべき適応能力

人類の歴史から学ぶことがあるとすれば、それはヒトのもつ適応能力の高さだろう。とりわけ、動物に育てられた野生児たちの事例はそのことを証明するものだと言える。

野生児

野生児とは、幼少期に人類社会から隔絶された環境で育った人間のこと。そういった人たちは多くの場合、大きくなってからほかの人間と接触しても、言語を獲得することが難しい。

歴史全体でも100件ほどの報告

歴史全体を見渡しても野生児の例はかなり少なく、知られている限り100件ほどしかない。有名な野生児のケースをチェックしてみよう。

写真:Eva Blue/Unsplash

ダイナ・サニチャー

ダイナ・サニチャーは1867年にハンターに発見されるまで、幼少期をインド北部ウッタル・プラデーシュ州のジャングルでオオカミに育てられながら過ごしていた。一説ではサニチャーがラドヤード・キプリングの『ジャングル・ブック』の発想源となったとも言われている。

写真:Wikimedia Commons

狼のような行動

報告によると、孤児院に連れてこられたときサニチャーは6歳で、よつんばいで歩き唸り声をあげていたという。だが、そんなサニチャーも孤児院で二足歩行を覚え、自分で服を着て皿から食事を摂ることもできるようになった。

写真:Thomas Bonometti/Unsplash

言葉は話せるようにならず

タバコを吸うようになったというのが彼のもっとも人間らしい側面かもしれない。それでも、サニチャーは決して言葉を話せるようにはならなかった。1895年、結核に罹り35歳で亡くなった。

写真:Wikimedia Commons
マリーナ・チャップマン

もっと最近の例をみてみよう。コロンビアの村に住んでいたマリーナ・チャップマンは1954年、5歳の時に誘拐され、ジャングルの中に放置されてしまった。

写真:YouTube The Guardian

サルの群れと生活

その後チャップマンはサルの群れに混ざり、共に暮らすようになったとされる。そういった経緯は後に彼女が娘の助けを借りて書いた本、『失われた名前』に書かれている。

写真:Joy Ernst/Unsplash

『失われた名前』

その本によると、チャップマンは木の実や根っこを食べ、木のうろで眠っていたという。仲間のサルたちとは一緒に遊んだり毛づくろいしたりして、よつんばいで歩いていた。チャップマンが悪いものを食べてしまったときには介抱してくれたとも書かれている。

悲劇の少女

チャップマンによればサルとの生活は5年に及び、ハンターに発見されたときには完全に言語を忘れていたという。その後彼女はハンターによって売り飛ばされ、やがては路上生活に陥ってしまう。

写真:YouTube TheMarinachapman

14歳の時に転機が

だが、14歳の時にコロンビアの家庭に養子として迎えられ、イギリスでベビーシッターになるよう送り出してもらえた。そしてイギリスで伴侶を見つけ、子どもも誕生、いまも元気に暮らしている。

写真:YouTube TheMarinachapman

オクサナ・マラヤ

オクサナは1983年11月生まれ。1991年、8歳の時に犬小屋で犬と生活しているところを発見された。両親はアルコール依存症でオクサナをネグレクト、彼女の面倒を見ることがまったくできなかった。

写真:Anoir Chafik/Unsplash

野外に放置

オクサナが3歳の時、両親が寒空の下彼女を野外に放置。そのままでは凍死してしまうところだったが、農場にあった犬小屋で何匹かの野良犬と一緒に丸まって寝ることで暖を取った。

写真:Federico Beccari/Unsplash

野良犬に混ざる

両親はオクサナがいなくなったことにまったく気づかず、犬小屋が彼女の家となった。オクサナはよつんばいで走り回り、歯を剥いて吠え、食べ物を口にする前に匂いを嗅いでいた。そして犬のように鋭い聴覚・嗅覚・視覚を備えていた。

5歳児程度の言語能力を獲得

それから5年後、近所の人がオクサナの状況を警察に通報した。その時点でオクサナは「はい」と「いいえ」しか話すことができなかったが、十分な治療を受けた結果、5歳児程度の社会性や言語能力を手に入れた。

写真:YouTube markmcdermott

オデッサで生活

オクサナについての最後のニュースは、ウクライナのオデッサにある精神障碍者用の施設に住んでいて、農場で動物の世話をしているというものだった。

写真:YouTube markmcdermott

ジョン・セブンヤ

1988年、ウガンダの少年ジョン・セブンヤ(当時3歳)は父親が母親を殺害しているところを目撃、家から逃げ出してしまう。そしてウガンダのジャングル奥深くに入り込み、サルと生活を始めた。

写真:YouTube BBC

大きな寄生虫が

セブンヤは6歳の時にある女性に発見された。膝をついて歩いていたため膝が白くなっており、爪は長く先が丸まっていた。さらに、検査の結果消化管内にかなり大きな寄生虫が存在したという。

歌手にしてスポーツ選手

幸運なことにセブンヤは適切な治療を受け、言葉が話せるようになり、スペシャルオリンピックス(知的障碍のある人のためのスポーツ大会)でも競技に参加。さらに、アフリカ少年合唱団の一員として外国ツアーにも出るほどになった。『ナショナル・ジオグラフィック』がセブンヤの生涯をドキュメンタリーにして伝えている。

写真:National Geographic

鳥少年のプラヴァ

2008年には、7歳の男の子がロシアの福祉担当者に発見・保護され、プラヴァと名付けられた。彼は31歳の母親と共に、2つのベッドがある部屋で大量の鳥と共に生活していた。

精神疾患を抱えた母親

母親は精神疾患を抱えており、プラヴァを人間の子供としてではなく、ほかのペットの鳥たちと同じように扱っていた。母親はプラヴァに暴力をふるったり食べ物を与えなかったりこそしなかったものの、決して話しかけることがなかった。

写真:Sam Chang/Unsplash

羽のように腕を振る

プラヴァは部屋に監禁されていた。そんな彼の周りにいたのは鳥たちだけであり、その結果、彼は言語を習得せず、たださえずるような声しか出せなかった。自分の意思がうまく伝わらないと、鳥が羽でやるように自分の腕と手を羽ばたかせたという。

治療施設へ

やがて母親は彼を当局の手に委ねた。そしてプラヴァは精神疾患の治療施設に送られ、今でもそこにいる、と『デイリー・メール』紙は伝えている。

写真:Andrik Landfield/Unsplash

マルコス・ロドリゲス・パントーヤ

マルコスは1946年、スペインの田舎で生まれた。7歳の時に父親がマルコスをヤギ飼いに売ったのだが、そのヤギ飼いがすぐに死んでしまう。そしてマルコスはシエラ・モレナの山中でオオカミと暮らすようになった。

写真:YouTube/ Mágica Vida Radio

19歳で発見

マルコスは19歳になるまでオオカミと共に洞窟で生活。だがスペインの治安警備隊が彼を発見してむりやり父親の村に連れ返した。

写真:Maddie/Unsplash

地元の伝説に

そこでマルコスは人間としてのコミュニケーションを再習得、耳を傾けてくれる人たちに自分の話を語り、地元の伝説となった。

写真:YouTube Rtve

論文や映画にも

この事例は「私はオオカミと遊んだ」という名前が付けられ、スペインの人類学者が論文にしている。さらには『狼のあいだで』という題名で映画化され、『一匹狼』というドキュメンタリーも作られた。

写真:Wanda Visión

野生が恋しい

マルコスは国際的メディアのインタビューにも答えている。そういう時に彼がよく言うのが、オオカミといた時が一番幸せだった、ということだ。人間との関りには常に失望させられてきたらしい。

写真:YouTube Rtve

ほかのおすすめ