世界最大手の化粧品メーカー「ロレアル」創業一家の成功とスキャンダル
1909年にフランスで創業したロレアルはその歴史を通じて目覚ましい成長を遂げ、世界最大手の化粧品メーカーとして現在各地に約8万5,000人の従業員を抱えている。2023年には売上高6兆円を記録し、業界トップの座を維持。今回は、そんな大企業ロレアルを創業したベタンクール家のストーリーをみてゆこう。
ロレアルを創設したのはフランス生まれの化学者、ウジェーヌ・シュエレール。慎ましい出自だったが1900年代に起業に挑戦して、ロレアルの前身「フランス無害染毛株式会社」を設立。現代的なヘアカラーを販売して大成功を収めることとなった。
衛生用品や化粧品に対する熱意の高まりを追い風に、巧みな広告戦略を展開することでウジェーヌは戦間期のうちにロレアルを急成長させることに成功。1957年に彼がこの世を去ると、1922年に生まれた一人娘のリリアンヌが35歳の若さで同社トップの座を継いだ。
家業を通じて幼いころからビジネスの世界に触れていたリリアンヌ。そのため、世界最大規模の化粧品ブランドの発展とグローバル化に貢献することができた。
リリアンヌは1950年にアンドレ・ベタンクールと結婚。この頃から彼もロレアルの経営に加わるようになっていった。同時に、アンドレは戦後のフランス政界で政治家としても活躍しており、シャルル・ド・ゴール政権とジョルジュ・ポンピドゥー政権では大臣も務めていた。ところが、1990年代初頭にはスキャンダルによってロレアル経営陣を離れざるを得なくなってしまった。
敵対的買収や国有化の危機を前にして、ロレアル社は1974年にスイスのネスレ社と提携。このとき以来、ネスレ社はロレアル株の30%ほどを保有することとなった。両社はその後、数十年にわたって買収を繰り返しながらともに成長してゆくことになる。
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リリアンヌはまた、一族の外から有能な経営者をスカウトして会社を成長させてきた。フランソワ・ダル、リンゼイ・オーウェン・ジョーンズ(写真)、ジャン=ポール・アゴン、そして現職のニコラ・イエロニムスといった経営者たちの手で、ロレアルは世界中に店舗を構える化粧品業界のトップとなったのだ。
ビジネスにおけるこの成功の結果として、リリアンヌは長らくフランス随一の資産家の地位にあった。1980年からこの世を去るまでフランスで一番裕福な女性であったばかりか、『フォーブス』誌の長者番付では2017年に推定資産395億ドルで世界一裕福な女性とされている。
しかし、リリアンヌの晩年は一連のスキャンダルによって汚点が付くことになってしまった。まず、2010年に明るみに出たウェルト=ベタンクール事件だ。事件名にもなっているウェルトとは、当時サルコジ政権で大臣を務めていたエリック・ウェルト(写真)のことであり、利益相反行為に手を染めた疑いがもたれていた。ただし、この事件に関与したとされる政治家たちは全員免訴、あるいは免責されている。
しかし、もっとも世間の耳目を集めることとなったのは、リリアンヌ・ベタンクールとセレブ写真家、フランソワ=マリー・バニエの関係だろう。リリアンヌの娘フランソワーズ・ベタンクール=メイエールが、バニエはリリアンヌの判断力の衰えに付け込み、10億ドルあまりを不当に寄付・贈与させたとして裁判所に提訴したのだ。
フランソワーズの立場では、バニエが母の衰えに付け込んで現金や名画を受け取っていたのは明らかだったという。しかし、数年にわたる対立の末、母娘は正式に和解を発表。フランソワーズがすべての訴訟を取り下げる代わりに、フランソワ=マリー・バニエはこれ以上リリアンヌから寄付を受け取らないことで合意に達したのだ。
バニエ=ベタンクール事件は、リリアンヌの判断力の衰えにともなって2011年末に行われた後見人登録と無関係ではないだろう。なお、リリアンヌは2007年に夫のアンドレを亡くしている。
仏ロレアル・グループの相続人であったリリアンヌ・ベタンクールはブランドの発展に貢献し、莫大な遺産と経営順調なビジネスを後継者に託したはずだったのだが、最期を迎えるにあたってベタンクール家も大きな波乱をもたらすことになった。
リリアンヌ・ベタンクールが2017年9月にこの世を去ると、娘のフランソワーズ・ベタンクール=メイエールがロレアル・グループが長期にわたる成功で築き上げた莫大な財産を相続することとなった。2022年には一族の資産が610億ドルを突破、フランスで第4位の富豪となっている。さらに、ジェフ・ベゾスの元妻を抜いて世界一裕福な女性の座も手にしたのだ。
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アンドレとリリアアンヌの一人娘、フランソワーズは、1984年にジャン・ピエール・メイエールと結婚。メイエールはアウシュヴィッツ強制収容所で命を落としたラビ(ユダヤ教の聖職者)の孫にあたり、1994年にロレアル社取締役会の副会長に就任。2010年には持ち株会社テティスの経営者となった。
カトリックの教えの下に育ったフランソワーズ・ベタンクール=メイエールは、聖書解釈やキリスト教とユダヤ教の関係などをテーマとする著作をいくつか出版している。
リリアンヌの死を契機として、ロレアル社とネスレ社は提携を解消。ネスレ社が保持していたロレアル株の一部はベタンクール家に売却されることとなった。その結果、2020年にはベタンクール=メイエール家がロレアル株の3分の1を一手に握ることに。
フランソワーズ・ベタンクール=メイエールとジャン=ピエール・メイエールの間には2人の息子がいる:1986年生まれのジャン・ヴィクトルと1988年生まれのニコラだ。次期トップ候補を2人も抱え、ロレアルの未来は安泰だろう。
長男のジャン=ヴィクトルはビジネスマンとしてすでにベテランだ。2012年に祖母リリアンヌの後継者としてロレアルの取締役に就任。同年にカシミヤブランド「エグゼンプレール」も共同設立している。
そして、2024年にブルームバーグが発表したビリオネア指数によれば、フランソワーズ・ベタンクール=メイエールは純資産1000億ドルを超えて世界で最も裕福な女性となっている。ベタンクール家が今後も化粧品および高級ファッション業界をリードしてゆくのは間違いなさそうだ。