ラボで生まれた宝石、ラボ・グロウン・ダイヤモンドとは
ラボ グロウンダイヤモンドとは人工的に製造されたダイヤモンドである。天然ダイヤモンドと同じ炭素による単一結晶で、物理的・化学的性質も天然とほとんど変わらない。エシカル(倫理的)消費を背景にラボ グロウンダイヤモンドは大きな関心を集め、特にハリウッドセレブから支持されている。しかし、ラボ グロウンダイヤモンドは本当の意味で「エシカル」なのだろうか?
人類は金属類を「金」に変える壮大なロマンを叶えることはできなかったが、宝石を人工的に作り出すことには成功した。1824年に鉱物学者ピエール・ベルチェがダイオプサイド(透輝石)の合成に成功したのを皮切りにさまざまな宝石がラボで製造可能になるが、ダイヤモンドの合成は20世紀半ばまで待たなければならなかった。
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ダイヤモンドを合成するには、高温・高圧状態と強いエネルギーの維持など、コストにくわえて高度な技術力を必要とする。初めてダイヤモンドの合成に成功したのは、40,000気圧もの圧力を発生させる高圧マシーンを開発したP.W.ブリッジマンである。
ダイヤモンドの合成方法は結晶の育成時間、温度と圧力の違いによって分かれる。ラボ グロウンダイヤモンドは工業用、もしくは宝飾用に利用され、現在流通しているものはHPHT法、CVD法によって製造されたものだ。前者はダイヤモンドが生成される高温高圧下の自然環境をラボで再現したもので、後者はメタンガスなどの炭素から種結晶にダイヤモンドを蓄積する方法だ。なお、HPHT法はスウェーデンのASEA社が1952年に合成に成功し、CVD法は1953年にアメリカのユニオン・カーバイド社によって開発された。
ラボ グロウンダイヤモンドは研磨剤や歯科工具、時計の風防などの工業用に利用されてきた。また、熱伝導性の高さに着目したラボ グロウンダイヤモンドコーティングの調理器具なども登場している。1990年代にはアメリカのモリオン社が世界初のラボ グロウンダイヤモンドを使用した宝飾品を発表し、大きな話題を呼んだ。
2000年以降も宝飾品にたびたび利用され、その度に「天然ダイヤモンドと同じ性質を持つ」、「エシカル」などのキャッチフレーズで関心を集めてきた。
ラボ グロウンダイヤモンドの購買層は2通りに分かれる。ダイヤモンドの輝きを安価に楽しみたい女性、もしくは倫理性や環境保全に関心の高い女性である。
特に注目を集めたのが、ラボ グロウンダイヤモンドは人、環境に配慮できる宝石と考えられている点だ。また「持続可能な生産性」から、次世代のダイヤモンドと呼ぶ人さえいる。
ラボ グロウンダイヤモンドを取り扱うブランド、メーカーは国内外で急増している。デンマークの宝飾ブランド「Pandora(パンドラ)」は、将来的にラボ グロウンダイヤモンドのみを使用したジュエリーを展開していく旨のプレスリリースを発表。日本国内でも「4℃」がラボ グロウンダイヤモンドのみを使用したジュエリーの販売を開始している。
2018年はラボ グロウンダイヤモンドの転換期となった。天然ダイヤモンドの採鉱・流通・加工・卸売を行うデビアス社が、「Lightbox(ライトボックス)」というラボ グロウンダイヤモンド専門のブランドをスタートさせたからだ。
デビアス社は”A Diamond is Forever”というスローガンを掲げてきた。1940年代まではダイヤモンドの婚約指輪でプロポーズをすることは少なかったが、このスローガンによって婚約指輪市場は一変。日本でも有名な「婚約指輪は給料の1/3」というキャッチフレーズは、もちろんデビアス社の考案である。
さて、ここで1つの疑問が浮かんでくる。 天然ダイヤモンドの採掘権を有し、ダイヤモンド市場のコントローラーであるデビアス社がなぜラボ グロウンダイヤモンドを取り扱ったのだろうか?デビアス社が「Light Box(ライトボックス)」の販売に踏み切ったのは、宝飾品に関心の薄いZ世代にアピールするだけでなく別の理由があったという。
デビアス社がラボ グロウンダイヤモンドを発表した本当の理由は、合成と天然の線引きを明確にすることで、天然ダイヤモンドの価値をゆるぎないものにすることだった。ラボ グロウンダイヤモンドに対する関心が集まれば、必然的にデビアス社の本軸である天然ダイヤモンドの需要も高まると踏んだのである。潜在的な顧客層を開拓し、まずはラボ グラウンダイヤモンドでカジュアルなファッションを提案。ただし、記念日やプロポーズには天然のダイヤモンドを、という練りに練ったマーケティング戦略がそこにはあった。
ラボ グロウンダイヤモンド人気が続く理由は、前述のように環境系に大きな影響を及ばさないためだ。つまり天然ダイヤモンド採掘の際に生じる水質汚染や生態系の破壊のことである。また、ラボ グロウンダイヤモンドで得た外貨が武器購入につながることもない。
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現在は太陽光発電を利用したラボ グロウンダイヤモンド製造のほかに、空気中の二酸化炭素からダイヤモンドを製造するカーボンネイティブダイヤモンドも登場している。また人為的な方法で製造されるダイヤモンド以外に、海の堆積物中にあるダイヤモンド(通称:海底ダイヤモンド)も周辺環境を破壊せずに採掘可能なため、第三のダイヤモンドとして注目を集めている。
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ここで、アメリカ連邦取引委員会(FTC)のダイヤモンドに対する定義を振り返ってみよう。FTCはダイヤモンドに関する従来の定義を拡大し、 "等軸系で結晶化した純炭素からなる天然鉱物 "という一文から「天然」という言葉を削除している。
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またFTCはラボ グロウンダイヤモンドに対し以下のようなガイドラインをもうけている:
・単独で「Cultured」という言葉を使用しない。(「養殖真珠(Cultured Pearl)」のように、養殖された天然パールと関連づけられ、消費者に誤解を招く恐れがあるため)
・「Man-made」, 「Laboratory-grown」, 「Laboratory-created Diamond」などの呼称を推奨。(「Synthetic」は推奨表現から外されている)
・「Real」,「Natural」,「Precious」などの形容はラボ グロウンダイヤモンドには使用できない。
・「Eco friendly」,「Sustainable」などの、不適切な主張は避けること。(主張を裏付ける証拠を提示する必要がある)
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当然のように語られてきた「エシカル」や「サステナブル」だが、実際は明確な裏付けを伴わずに形容されることが多く、宝飾業界でも大きな問題になっている。ここでいま一度考えたいのが、ラボ グロウンダイヤモンドが本当に環境、倫理性に優れているのかということだ。
Photo:By geralt(Pixabay)
昨今のダイヤモンド合成技術は目覚ましく向上しているが(特に中国のメーカー)、相当の電力を消費している。また、HPHT法では製造の際に莫大な量の二酸化炭素を排出するため、決してエコロジカルとはいえない。
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ロシア国立研究大学経済高等学院の研究によると、東シベリア、南アフリカのダイヤモンド採掘の現場では、1カラットの天然ダイヤモンド採掘時には96〜150kWhの電力が消費されるという。一方でラボ グロウンダイヤモンドを製造する際に必要となる電力はHPHT法で約30kWh、CVD法の場合は200kWhを超える電力消費が必要になるそうだ。
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このような事実がある限り、ラボで製造されたダイヤモンドがエコロジカルで持続可能であるという主張には懐疑的にならざるを得ない。あるダイヤモンドセクターが公表した報告書によると、天然ダイヤモンドを採掘する際に排出される二酸化炭素の量は合成ダイヤモンド製造過程よりも少ないそうだ。
ラボ グロウンダイヤモンドは人権問題にも貢献していると謳われている。しかし、鉱業社会学の専門家であるサリーム・アリ教授は、天然ダイヤモンド採掘における人権侵害などはここ数十年で劇的に改善していると語っている。
2006年、西アフリカのシエラレオネにおける紛争ダイヤモンド(売却で得た外貨が武器購入に当てられるダイヤモンドのこと)を題材にしたある映画が公開された。それがレオナルド・ディカプリオ主演のサスペンス映画『ブラッド・ダイヤモンド』である。ダイヤモンド業界はこの作品の大ヒットで大きな風評被害を受けたという。
映画公開以来、NGOやジャーナリストたちは児童労働、環境破壊など、採掘における課題を浮き彫りにしてきた。ハリウッドが「紛争ダイヤモンド」を取り上げたことで、古くから権力と富の象徴であったダイヤモンドは、負の側面で注目を浴びることになってしまったのだ。そう、戦争と苦しみである。
業界が見て見ぬふりをしてきた血塗られたダイヤモンドだが、映画公開以降、ダイヤモンド採掘、取引に関する国際社会の取り組みがより活発になり、さまざまな規制が整備されるようになった。現在流通している天然ダイヤモンドには、ラボ グロウンダイヤモンドが混入することはあっても、紛争ダイヤモンドが入りこむことはほぼないといっていいだろう。
レオナルド・ディカプリオは、映画出演以降、紛争ダイヤモンド、ラボ グロウンダイヤモンドに大きな関心を示してきた。
レオナルド・ディカプリオは自身が代表を務めるラボ グロウンダイヤモンド会社「Diamond Foundry」の製造工場をスペインのエストレマドゥーラ州カセレスにあるトルヒーリョに設立すると発表。2024年にはメイド・イン・スペインのラボ グロウンダイヤモンドの製造が始まる。『タイタニック』の主役が選んだのは、優雅な船上ではなく太陽エネルギー生産効率の高いスペインの大地だった。
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『マルカ』紙によると、スペインで製造されるラボ グロウンダイヤモンドはインドの宝飾品卸会社や中堅ダイヤモンド産業に供給される予定だという。エストレマドゥーラ州は、300人ほどの雇用を生むハリウッド俳優の新事業を歓迎している。
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また、ラボ グロウンダイヤモンドが身近になってきたからこそ、消費者はそのマーケティング戦略に巻き込まれない自衛対策も必要になってくる。昨今「エシカル」という言葉に合わせて「ラボ グロウンダイヤモンドの投資価値」を謳うメーカーも登場している。
まず、ラボ グロウンダイヤモンドはその製法、クオリティー(カット、カラット、クラリティー、カラー)に限らず、宝石としての価値は一切ない。天然ダイヤモンドであれば、その評価に準じた買い取りが可能だが、少なくとも現在はラボ グロウンダイヤモンドの環流マーケットは存在せず、投資につながる希少性は備わっていないのだ。
ラボで製造されたダイヤモンドは天然よりも約1/3程度安価で供給されている。ラボ グロウンダイヤモンドはアメリカやシンガポール、ロシア、中国、インド、イスラエルなどさまざまな国で製造されているが、昨今は天然ダイヤモンドと異なり需要も伸び悩み、その取引価格が年々低下している。
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ラボ グロウンダイヤモンドに投資価値、再販価値はないが、アメリカでは婚約指輪として一定の需要がある。品質コントロールができるからこそ、天然ダイヤモンドでは考えられない値段で大粒カラットまたはファンシーカラーのラボ製品を選べるのだ。人生で最高の瞬間を彩る婚約指輪に「小粒でも価値ある天然ダイヤモンド」が輝くのか、それとも「キャンディーサイズのいろどり豊かなラボ グロウンダイヤモンド」が選ばれるのか?どちらが正解でも不正解でもない、その答えは人それぞれである。
小売店側も天然ダイヤモンドとラボ グロウンダイヤモンドの両方を販売するところが多く、顧客の価値観、経済状況に合わせて色々なオプションを提示して販売につなげることが可能だ。もちろん店舗側はラボ グロウンダイヤモンドに関する適切な説明義務があるが、今後はアメリカナイズされた婚約指輪、ラボ グロウンダイヤモンドジュエリーが日本で大流行する可能性は十分に考えられる。
宝飾業界でも賛否両論があるラボ グロウンダイヤモンドだが、業者のマーケティングを鵜呑みにするのではなく、正しい認識で愛でる必要がある。それを人類の夢の結晶として楽しんでもよし、海外旅行や船舶の旅のお供(トラベルジュエリー)として身に着けるのもいいだろう。しかし、天然とラボ製品はあくまで切り離して捉える必要があり、ラボ グロウンダイヤモンド全てが「エシカル」、「エコロジカル」と考えるのは現段階では時期尚早である。