ウクライナ侵攻前に豪華ヨットの引き上げを命じていたプーチン大統領
ロシア連邦大統領ウラジーミル・プーチンは、ウクライナ侵攻に先立つこと二週間前、自身の所有する一億ドルのスーパーヨットを(修理中にもかかわらず)ドイツの港から動かすように指示していた。戦争を始めるまえに、大事な船をドイツから避難させようとしたのだ。
そのやりとりは、ロシアの調査報道記者マリーア・ペフチフによって暴露された(マリア・ペヴチクという表記もあるが、ロシア語の発音としてはペフチフとしたほうが近いだろう)。ウクライナ侵攻開始の直前、プーチン大統領は彼のヨットをドイツの造船会社ブローム・ウント・フォスの造船所から移動するよう指示していたのである。
マリーア・ペフチフは、アレクセイ・ナワリヌイ氏が創設した「反汚職財団(Anti-Corruption Foundation)」(あるいは反汚職基金)の領袖である。アレクセイ・ナワリヌイはロシア政権に対する批判活動で知られるロシアの弁護士で、当局によって2020年に毒殺されかけたが一命をとりとめ、現在はロシアに収監されている。
プーチン大統領の豪華ヨット「グレースフル」号はハンブルク近郊の造船所を出発し、ロシア連邦の半飛び地であるカリーニングラードの港にむけて曳航されたとみられている。マリーア・ペフチフが暴露したのは、いくつかの電子メールの文面と、船の修理の請求書などである。
写真:Wiki Commons
くだんの電子メールはとつとつとした調子の英語で次のように綴られている:「船主は新装備の追加をよく思っていない。彼は建造プロセスの遅れに不満である」
「船主の意向は、グレースフルがロシア連邦に2月1日に到着することである(……)。二交代制の、土日も含めた切れ目なしの作業をされたし」と、造船所宛てのメールは続いている。
写真:Wiki Commons
この電子メールは2022年1月19日にブローム・ウント・フォス社に送付されたもので、マリーア・ペフチフの記事にはその電子メールのスクリーンショットが掲載されている。
写真:Wiki Commons
その画像を見るに、メールはどうやらロシアの大手海運会社「PAO Sovcomflot」(SFC Group)の従業員から送られたものらしい。
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メールでは次の文章、「グレースフルが2月1日にロシア連邦に移動されるよう船主は求めている」という箇所が太字で強調されており、そのための追加経費をわりだして連絡するよう求めてもいる。
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「グレースフルが2月1日に出帆することを妨げる全ての仕事を加速させてほしい。早期の出発のため、船主たちによって支払われるべき金額を計算してほしい。乗組員と私はグレースフル曳航の準備のため、あらゆる助力を惜しまない」と、電子メールはつづいている。
あらゆる助力にもかかわらず、どうやら2月1日の締め切りには間に合わなかったようだ。電子版『ガーディアン』はグレースフル号の写真を掲載し、船は2022年2月7日にハンブルクを後にしてカリーニングラードへ曳航されたと報じている。その17日後にあたる2022年2月24日にウクライナ侵攻が始まったのだった。
グレースフル号は全長82メートル、建造費は1億ドルのスーパーヨット。ブローム・ウント・フォスの造船所で行われていた改装工事は非常に大がかりなもので、マリーア・ペフチフの記事によると、その総額は3200万ドルにのぼっていた。
一方、戦争が始まった後のロシアでは、兵士の下着や靴下を買うためのお金が集められ、兵士が前線で使う「トレンチ・キャンドル(塹壕のロウソク)」を市民が手作業で作っているという。
『ビジネスインサイダー』はこのヨットの内装に注目している。豪華なホテル、あるいは宮殿を思わせるゴージャスな内装で、ダンスフロアにもなる室内スイミングプール、大理石のトイレ、高級じゅうたんなどがそのデザインの一部分である。甲板にはもちろんヘリポートがある。
米国の財務省外国資産管理室(OFAC)は、グレースフル号をプーチン大統領の所有物とみなし、資産凍結リストに登録している。
プーチン大統領はグレースフル号のほかにも、オリンピア号、そして全長140メートルのシェヘラザード号を所有している。オリンピア号のほうも同じくOFACによって凍結資産として登録されており、シェヘラザード号はイタリア政府によって差し押さえられている。プーチン大統領にとってグレースフル号はとても大事な船なのだ。
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