「フェイスブック」を立ち上げた5人の共同設立者たち:今はそれぞれどうしてる?
ソーシャルメディア大手の「フェイスブック」といえば、その設立者であるマーク・ザッカーバーグの顔が浮かぶだろう。しかし、フェイスブックの立ち上げはザッカーバーグひとりではなく、5人の仲間で行われたのだ。
かつて話題をさらった映画『ソーシャル・ネットワーク』(デヴィッド・フィンチャー監督、2010年)で描かれたとおり、同社の立ち上げにはザッカーバーグの他に4人の友人が関わっていた。
写真:The Social Network - Columbia TriStar Pictures
その4人とは、エドゥアルド・サベリン、ダスティン・モスコヴィッツ、アンドリュー・マッコラム、クリス・ヒューズ(写真右)。それぞれが共同設立者としてフェイスブックの立ち上げと運営にかかわり、そしていつしかこの組織から離れていったのである。
現在、マーク・ザッカーバーグはフェイスブックを運営するメタ・プラットフォームズ社の会長兼CEOであり、『フォーブズ』誌によると2024年に世界3位の富豪となっている。大学在学中に知り合ったプリシラ・チャンと結婚し、3人の娘を授かっている。新型コロナウイルスの感染拡大時に柔術に夢中になり、MMA(総合格闘技)でイーロン・マスクと対戦するという話もあった。そんな彼の20年前を振り返ってみよう。
写真:マークザッカーバーグと総合格闘家マックス・ホロウェイ
フェイスブックのもとになったのは、ザッカーバーグがハーバード大在学中に作った「フェイスマッシュ」というプログラムだ。もっぱら男子学生の使用を前提としたもので、ユーザはコンピュータのスクリーンにランダムに提示される二人の女子学生の写真から、より魅力的だと思うほうに投票する。投票結果は「イロレーティング」というアルゴリズムによって処理され、最終的には魅力的な女子生徒のランキングができあがるというもの。大学側がネットワークを遮断しサイトはあえなく閉鎖となったが、このときの経験がのちに生かされることになる。
「フェイスマッシュ」の一件で大学から処分を受けたザッカーバーグだったが、その後SNSサイト「フェイスブック」を立ち上げた。これはハーバード大学の学生を対象としたもので、立ち上げ時にザッカーバーグのルームメイトで経済学部の学生だったダスティン・モスコヴィッツ(写真左)がプロジェクトに加わった。モスコヴィッツは新規ユーザの獲得に尽力し、それが忙しくなると学業を中断、フェイスブックに全力を傾けるようになる。
ほどなくフェイスブックはハーバード大学の外にも広がり、ザッカーバーグらは「thefacebook.com」というドメインを取得、2004年に法人として正式に登録する。エドゥアルド・サベリン、アンドリュー・マッコラム、クリス・ヒューズはこの時すでにフェイスブックの共同設立者として関わっていた。翌年、ドメインが「facebook.com」に変わり、現在に至っている。
ダスティン・モスコヴィッツ(写真)は同社のCTO(最高技術責任者)に就任し、初期の従業員の採用にあたった。しかし、2008年、フェイスブックのユーザ数が先発サービス「Myspace」を抜いてソーシャル・ネットワーキング・サービスの首位になったころ、モスコヴィッツは同社を去り、ソフトウェア企業の「Asana, Inc.」をジャスティン・ローゼンスタインと立ち上げる。ローゼンスタインは、フェイスブックの「いいね!」アイコンのデザインに関わったプログラマーで、モスコヴィッツとともにフェイスブックのエンジニア部門を率いていた人物である。
それから3年余りでダスティン・モスコヴィッツは世界で最も若い億万長者となり、現在の推定保有資産は156億ドルに上るとされる。しかし生活スタイルが華美に流れることはなく、自宅を構えるサンフランシスコ市内では、もっぱら自転車で移動しているという。
映画『ソーシャル・ネットワーク』のなかで、俳優アンドリュー・ガーフィールド(写真右)はエドゥアルド・サベリンの役を演じていた。サベリンはフェイスブックのCFO(最高財務責任者)をつとめたが、2005年に突如として会社を去っている。
当時、フェイスブックではサベリンとザッカーバーグの内部抗争が起きており、サベリンは2005年にザッカーバーグとフェイスブックを告訴している。その後両者は合意に至ったとされているが、詳細は不明。いずれにしても、サベリンは2012年に米国の市民権を放棄し、シンガポール国籍を取得、2017年にはシンガポールの富豪番付で第一位になった。
フェイスブックと袂をわかったのち、エドゥアルド・サベリンはベンチャー分野の投資家になり、スタートアップ企業を支援するようになった。また、『フォーブス』誌によればその推定資産は324億ドルに上り、居住地シンガポールでは国内随一の富豪としての暮らしを満喫しているとされる。
アンドリュー・マッコラムは、ザッカーバーグの大学時代のクラスメイトで、初期フェイスブックのインターフェイスのデザインを担当した。そしてまたマッコラムも、ダスティン・モスコヴィッツと同様、学業は途中で放棄し、フェイスブックの発展に力を尽くした。
しかし、2006年、マッコラムはフェイスブックを退社し、ベンチャー分野の投資事業に進出すると、じつに30社にも上るスタートアップ企業の立ち上げを支援した。2014年には、ストリーミングテレビサービスを提供する「Philo」社のCEOになり、現在に至っている。慈善活動にも熱心に関わっているとのこと。
クリス・ヒューズはフェイスブックの共同創設者に名を連ねながらも、モスコヴィッツらのように学業を放棄することなく、2006年にハーバード大学を優秀な成績で卒業し(歴史学・英文学の学士号を取得)、2007年までフェイスブックのスポークスマンをつとめた。フェイスブック退社後は、2008年の米合衆国大統領選挙で勝利したバラク・オバマ陣営のソーシャルメディア戦略チームを率いたことで知られる。
クリス・ヒューズは2012年、リベラル寄りの政治文化誌『The New Republic』の編集長となるが、同誌の赤字が続いたために、2016年にそのポストを辞している。『フォーブズ』誌によると、現在の資産は4億3千万ドルに上るとされる。
結局、フェイスブックの設立に関わった5人のメンバーは、やがて別々の道を歩むことになった。同社の設立から20年を経た現在、居住先や率いる組織は変化したものの、それぞれが経営者として大きな成功を収めている点はむかしと変わらないようだ。