スコットランドの「ネッシー」目撃情報ふたたび:巨大な影がネス湖で確認される
スコットランドのネス湖に生息しているとされる「ネッシー」を覚えておいでだろうか。かつては数多く寄せられてた目撃情報も、最近は途絶えがちになっているようだ。未確認生物はいったいどこに行ってしまったのだろう。
最新の「ネッシー」目撃情報が報じられたのは、2023年6月16日のこと。その日発行のオンライン版『デイリー・テレグラフ』紙の記事のなかで、あるフランス人観光客がネス湖に「巨大な暗い影」を目撃したと証言している。その人物によれば、全長20メートルほどの何かが水の中を動いていたという。
目撃者の名前は、エティエンヌ・キャメル氏。オンライン版『デイリー・ミラー』紙(2024年6月17日付)によると、同氏は薬剤師として働いており、次のように語ったという。「私は科学者ですから、ネス湖の怪獣が先史時代の生物であるという話はまったく信じておりませんでした。しかし、あのときカメラのシャッターを切りながら、私は見てしまったのです。それはとても長い影でした」
同氏の妻もそれを目撃し、ふたりはしばし呆気に取られたという。さて、このネッシー目撃情報が報じられたのは、行楽シーズンを間近に控えた6月16日だった。もし、これが観光客を呼び寄せるためのたわいもない作り話だとするなら、しかるべきタイミングを心得ていると言いたいところである。
いずれにしても、ネッシー伝承は歴史が古く、地元スコットランドのフォークロアの一部と化している。一般的に、ネッシーについての最古の記述は7世紀に書かれた聖人伝(聖コルンバ伝)にあるという。より現代に近いところでは、1868年にスコットランド・インヴァネスの地方紙(The Inverness Courier)が、ネス湖に棲息する「巨大な魚、あるいは魚のような生物」について紙面を割いている。
ネッシーについては、写真もこれまで数多く公表されてきた。しかし、それらの写真にはたいてい、先史時代の巨大水棲生物に見えなくもない何かがぼんやりと写っているだけなのだ。
そのような写真のなかには、見方によってはネッシーを持ち出さずとも説明がつきそうなものも多い。たとえばこの写真に写っているのは、見方によっては怪獣の体の一部だが、湖面から突き出た丸太か何かに見えなくもない。
とはいえ、ネス湖の怪獣伝説にはロマンがあり、我々の想像力にいやおうなく訴えかけてくる。何はなくとも部数を伸ばしたい新聞にとって、これはずいぶんおいしいネタだ。ネッシーのものとされるこのたぐいの写真は、まずロンドンの新聞に掲載され、それからただちに世界中を駆け巡った。そして1930年代、怪獣ネッシーについて世界中が知るところとなったのである。
1934年には、当時イギリスで絶大な人気を誇っていたサーカスのオーナーであるバートラム・ミルズがネッシーに多額の懸賞金をかけた。ネッシーを期限内に生け捕りにして自分のもとに連れてきた者に、10万ドルを支払うと約束したのである。この懸賞金に大いに励まされ、探検家や猛獣ハンター、その他あらゆる種類の旅行者が当地を訪れたという。
そのような動きと並行して、一部の人々はネッシーの存在をまがりなりにも科学的に、せめて擬似科学的に説明しようと試みた。そのような「説明」のなかでもっとも広く流布しているのが、「太古の生物」説である。ネス湖には何かしら込み入った事情により、太古の動物が生き残っているというのだ。
写真:Steve Douglas / Unsplash
先史時代の生物のなかで、これまで数多の目撃者たちがネッシーのものとして報告してきた姿形にもっとも似ているのは、首長竜である(白亜紀末に絶滅したと考えられている大型水生爬虫類)。しかし、古生物学者たちは、首長竜がネス湖で細々と生きながらえているという可能性を慎重に否定している。
写真:De Dmitry Bogdanov - dmitrchel@mail.ru, CC BY-SA 3.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=3432089
この「首長竜」説に比べると、「ゾウの水浴び」説のほうがもっともらしいかもしれない。ネス湖で水浴びをするサーカスのゾウが、何かの加減でネッシーに見えたのではという説だ。事実、1930年代、ネス湖の近くに巡業サーカスが立ち寄ったという記録が残っている。この仮説を提出したのは、ハンタリアン博物館(グラスゴー)で古生物学の主任学芸員をつとめているニール・クラーク氏。これはすべての目撃情報を一挙に説明するものではないが、なかなか説得力がありそうだ。
あるいはネッシーの正体はチョウザメではないかとする説もある。チョウザメは巨大な淡水魚であり、ネス湖近隣の河川にも分布しているとのこと。その風貌はたしかにいくぶん怪物じみているが、専門家によると湖に生息することは基本的にないというから、この説は説得力にやや欠ける。
写真:De User:Cacophony - Trabajo propio, CC BY 2.5, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=1027971
ほかにもネッシー候補として、ニシオンデンザメ(グリーンランドシャーク)の名前が挙がることもある。ずんぐりとして動きののろい、長寿のサメ。北大西洋の低温海水域に分布しており、スコットランド沿岸でも目撃されているが、ではそのニシオンデンザメがどのようにしてネス湖に入り込んだのかとなると、うまい説明がないようだ。
写真:De NOAA Okeanos Explorer Program - http://oceanexplorer.noaa.gov/okeanos/explorations/ex1304/dailyupdates/media/aug16.html, Dominio público, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=28162084
検証の難しいさまざまな仮説が提出される中、オタゴ大学(ニュージーランド)の研究チームはまったく別のアプローチをとった。『ガーディアン』紙が報じている。研究チームはネス湖の水を採取、そこに含まれるDNAを分析した。
この手法は環境DNA解析と呼ばれるもので、解析の結果、ネス湖には首長竜のような古代生物はおろか、サメやチョウザメもいないことが示された。そのかわり、湖にはウナギが多く生息していることが判明。研究を主導したニール・ゲメル教授は、ネッシーの正体は巨大なウナギではないかと話しているという。
かくして、生物学者の目から見れば、怪獣ネッシーはネス湖から放逐され、世界からまたひとつロマンが消えた。だが、現にネッシーはスコットランド・ハイランド地方の観光資源として盤石の地位を築いており、何ものにも代えがたいキャラクターとして多くの人に親しまれている。そのような人々にとって、ネス湖のネッシーは理屈抜きで受け入れるべき現実なのだ。