宇宙全体を支えているとされる謎の物質、「ダークマター」とは
「暗黒物質」あるいは「ダークマター」という言葉を聞いたことがあるだろうか。宇宙にある重要な物質とされ、ダークマターについての研究は各国で行われている。しかし、いまだその存在は謎に包まれている。
天文学者によると、ダークマターとはいわば宇宙全体を埋める見えない充填剤のようなもので、観測はできないがとても重要な存在なのだという。NASAの解説では、現在一般的な理論ではふつうの物質やエネルギーが宇宙全体で占める割合はわずか5%に過ぎないとされ、27%がダークマター、68%がダークエネルギーなのだという。
ダークマターの存在は19世紀にすでに想定されていた。はじめてその考え方を公にしたのはケルヴィン卿(ウィリアム・トムソン)で、天の星々の大部分は「ダークボディ」なのかもしれないと示唆している。それから数十年後、オランダの天文学者ヤコブス・カプタインとスイスの天文物理学者フリッツ・ツビッキーが同様のアイディアを提唱している。ふたりがそのような考えを抱くようになったきっかけは、観測した銀河が、それらが発揮している重力をもたらすに足るほどの質量を持っていないように見えたことだった。
だが、特殊な物質を仮定して理論を構築するというのは、目に見えないパズルを組み立てるようなものだ。ハーヴァード大学の理論物理学者リサ・ランドールはレックス・フリードマンのポッドキャストでこう語っている:「そこにあるのはわかっています。目には見えませんが、そこに何かがあることを理論から演繹しているんです」
科学者たちがダークマターの存在に気づいたのは重力を通じてだった。重力は比較的弱い力だが、宇宙には大量のダークマターが存在するため、全体では銀河の形成を促すなど大きな影響を及ぼすのだ。
ランドールはダークマターを建設現場の裏方になぞらえている:「たとえばビルの建設を考えてみましょう。ビルの高さなどは認識しやすいですが、実際に力仕事をこなす作業員については忘れがちです。ダークマターも同様に、銀河の形成において非常に重要なのですが、私たちはそのことを忘れてしまうのです」
ダークマターは理論的には目に見える物質以上のエネルギーを担っている。ランドールは「ふつうの物質全体の5倍にも及ぶ」として、宇宙全体のエネルギーバランスにおけるダークマターの重要性を強調している。
通常の物質とは異なり、ダークマターは光とは相互作用しない。少なくとも現在の科学ではそう認識されている。だからこそダークマターは目に見えないのだ。ダークマターは光を吸収も、反射も、放出もしない。ランドールはダークマターを「重力的には相互作用を及ぼしますが……電磁気的にはなにも反応しない」と説明し、ふつうの物質とは根本的に異なるとしている。
画像:Paul Volkmer/Unsplash
ダークマターは銀河の周りに球形の輪(ハロー)となって存在していると考えられている。欧州原子核研究機構(CERN)によるとその理由は銀河の自転が非常に高速なことで、ダークマターがなければすぐに崩壊してしまうはずなのだという。通常の物質による重力だけでは銀河を保持できないはずなのだ。天の川銀河が円盤状なのも同様の理由で説明できるという。
いまだ詳細はあきらかになっていないものの、ダークマターの構造について科学者らはある程度の目算は立てている:「現在の科学では、ダークマターは全宇宙にわたって網目状に存在するのではないかと考えられています。そして、宇宙にある通常の物質を引き寄せる重力的な足場の役割を果たしているのです」とNASAは解説している。
ダークマターの正体は諸説あるが、有力な候補となっているのが弱く相互作用する質量粒子(WIMPウィンプ)だ。ウィンプを発見しようとする研究は熱心に続けられているが、いまだ捉えられてはいない。ちなみに、他の候補のひとつには素粒子アキシオンが挙げられる。
ビッグバン直後の物質密度が不安定な時期に形成された原始ブラックホールも説得力のある候補だ。原始ブラックホールの質量は多様で、重力を発することで銀河の形成や動きに影響するなど、ダークマターの振る舞いに近いことができる。ちなみに、原始ブラックホールは星の崩壊で生ずるブラックホールとは性質が異なる。
また、「隠された谷(Hidden Valley)」理論では、いま我々が目にしている通常の物質でできた世界とは全く異なる、ダークマターからできたパラレルワールド的なものを想定する。この「谷」は独自の素粒子を持っており、それらは我々の世界とは重力を通じてしか相互作用しないのだ。この理論の魅力は全く新しい物質や相互作用のあり方を想定しているところで、ダークマターに関する謎を解明するポテンシャルを感じさせる。
物理学者は大型ハドロン衝突型加速器(LHC)などのプロジェクトでダークマターの謎を解き明かそうとしている。ウィンプの発見も重要な目標のひとつとされているが、いまだ成功してはいない。だが、前出の理論物理学者ランドールによると、液体キセノン検出器が新たに開発されたことで研究に進展が望めるのだという。
また、ランドールはダークマターが恐竜などの絶滅に影響していたかもしれない、という仮説を提示してもいる。太陽系のへりでダークマターの影響で重力変動が起きたことで、地球に小惑星が衝突する確率が高まったかもしれないというのだ。この説は立証されているわけではないが、宇宙的な出来事が意外な形で関連していることを示しており、興味深い。
CERNによると、宇宙の大部分を満たしているダークエネルギーは宇宙の真空空間と関連があるかもしれないという。ダークエネルギーは空間上だけでなく時間上にも均等に広がっている。それはつまり、エネルギーが拡張しても薄められることはなく、局所的な重力的効果をもたらすことはない、ということだ。またNASAによると、このダークエネルギーは宇宙が縮小せずに拡大しているという事実にも寄与している可能性があるという。
ダークマターは確かに響きはかっこいいかもしれないが、この謎を解明するといったい何が嬉しいのだろうか。CERNはこう述べている:「ダークマターの謎が解ければ、科学者は宇宙の仕組みについてより良い理解が得られます。特に、どうして銀河が崩壊しないのかがわかるのです」
画像:NASA, ESA, CSA, STScI