エクソシスト:悪魔憑きの概念、問題点からバチカン公認の養成講座まで
非キリスト教信者や懐疑論者はエクソシズム(悪魔祓い)を過去の遺産とみなし、それが今も続いている事実から目を背けてしまう。しかし、エクソシズムの支持者たちは悪魔祓いの有効性、そして何よりもその必要性を主張している。ここではキリスト教と同様に長い(もしくはそれ以上)伝統を持つエクソシズムを紹介していこう。
エクソシズムは悪魔の憑依と解放という二分する概念に基づき、カトリックの教義により体系化されている。エクソシストとして司教に任命された司祭がおり、彼らが悪魔に憑りつかれた人々を救うのだ。
高名なエクソシストであるガブリエレ・アモルト神父(写真)は『エクソシストと精神科医』という本の中で、エクソシズムに関する3つの前提事項に触れている。
まず第一に悪魔は存在するということだ。次に、人に憑依し危害を加えることもあるということ。たとえ、既存の病気を思わせる症状であっても、医学的治療は効果がない。そして最後に、キリストを信じる者は誰でも悪魔を追い払う力を持っているということだ。
エクソシズムは人類の歴史上、新しい概念というわけでも、カトリック教会だけの特権でもない。善悪を問わず、人間に憑依する超自然的な存在を認める信仰は数多く存在する。
Photo:新型コロナウイルスを追い出す目的で行われた悪魔祓いの儀式
カトリック教会にとって、悪魔や悪霊という「悪のテーマ」は繰り返し語られる主題であり、神学体系の基盤といえるだろう。例えばマタイによる福音書の一節には、「病人を癒し、死人を蘇らせ、らい病人を清め、悪霊を追い出せ」と記されている。よって、キリストの弟子たちの使命の1つは、人々を悪魔から解放することなのだ。
バチカンの歴代教皇は以前から宣言や講和、さらには回勅などを通じ、カトリック信仰における「悪魔」の重要性を説いてきた。特に変化の激しい現代社会においてはなおさらのことだ。
2014年、フランシスコ教皇はミサで悪魔について言及している:「現在、悪魔は神話の中の存在、悪の概念だと信じられている。しかし、悪魔は存在しており、私たちはそれと戦う必要がある」
「悪」である悪魔は人々の自由を利用して憑依し、自らの仲間を求めているのだ。ベネディクト16世は「悪をまん延させるためには、人間が必要なのだ」と語っている。
以前にヨハネ・パウロ2世は、悪魔を「悪人、悪霊」とより直接的に表現している。悪魔とは物質的なものではなく、憑依した人間に影響を及ぼすため、「悪魔の所有物」と呼ぶのが妥当であるとその定義を語っている。
しかし、イギリスの宗教史家フランシス・ヤングが著書『Possessione. Esorcismo ed esorcisti nella storia della Chiesa cattolica』の中で分析しているように、カトリックの世界では、エクソシズムに対して正面からの対立こそないものの、異なる見解もあるようだ。
Photo: Xavier Coiffic / Unsplash
学者によると、カトリック教会の中にもエクソシズムを信じ、悪魔祓いが一定の役割を果たしていると考える人がいる一方、悪魔の存在を疑いエクソシズムは慣行として扱うべきと主張する者もいるという。いずれにせよ、ヤングは「エクソシズムが復活している」と確信している。
1994年に前述のアモルト神父が国際エクソシスト協会(IEA)を結成。そして、2014年に聖職者会の法令によってバチカンで認められたエクソシストが世界で約800人いる(2022年現在)と考えれば、エクソシズムの復活も頷ける。
Photo:Ramses Sudiang / Unsplash
2016年、イタリア司教協議会の報道機関「SIR」はエクソシストの数はイタリアが一番多く、ポーランドがそれに続くと公表。一方で、ヨーロッパ以外の国では、メキシコのエクソシストが存在感を見せているという。
Photo:un esorcismo in Italia, primi anni 50
イタリアもしくは世界で行われているエクソシズムの数を詳細に記録したデータや名簿は存在していない。(もしくは見当たらない)なお、2019年、『ラ・スタンパ』紙の報道によると、同年イタリアでは50万件を超えるエクソシズムの依頼があったそうだ。
Photo:Emerson Mello / Pixabay
つまり、エクソシズムの依頼は非常に多いのだが(多少は誇張された数字かもしれない)、その後どれだけの悪魔祓いが行われたかも不明である。ヤコブ・エリア神父は『ラ・レプブリカ』紙のインタビューで、「この10年で悪魔に憑依された者がずいぶん増えた。朝から晩までエクソシズムを行えるくらいだ」と答えている。
実際、IEAは司祭に注意を促し、効果的で正しい奉仕を行うため、「聖職者によるエクソシズムの正しい実践ガイドライン」と題した図解付きの解説書を制作。23章から構成され、病気ではなく悪魔の存在を検証するものだ。
このガイドラインは、悲劇に終わったエクソシズム(宗教や宗派、場所を限定せず)に対する、メディアの反響や世間からの落胆に応えるために必要なものだろう。(例えば、2005年に過酷な悪魔払いの最中に亡くなったルーマニア人女性マリチカ・イリーナ・コルニチや、フェデリカ・ディ・ジャコモのドキュメンタリー『悪魔祓い、聖なる儀式』(2016年)で取り上げた事件を思い出してほしい)
つまりエクソシストは、その症状が精神的、精神医学領域であるかを検証し、その可能性を排除した上で、慎重に悪魔の憑依を示す兆候を見出す必要がある。
悪魔による憑依を判別できるのは司祭の力量によるものだが、心理学者や精神科医は司祭の訓練不足を指摘。これがエクソシズムの在り方を争う問題の1つになっている。
ミオッティは、ジル・ドゥ・ラ・トゥレット症候群(GTS)や反社会性パーソナリティ障害(ASPD)などの病名を挙げ、「精神病につながるもっとも深刻な問題は、その根底にいくつかのメンタルの問題を抱えていることだ」と語っている。
さらに、息苦しいほどの強い信仰心を持つ家庭環境にいる場合、「悪魔に憑りつかれたように」振舞う人もいると心理学者は結論づけている。
憑依の兆候と同じく、悪魔祓いの成功も暗示の結果と解釈可能だ。これを「プラセボ効果」と呼ぶ。つまり、ある薬を服用したおかげで症状が改善したと思っても、必ずしも薬のおかげではないこともあるのだ。
Photo:Ewa Urban /Pixabay
さらに、心理学者と精神科医はパンデミックの影響や迫りくる新たな経済危機、現代生活の不安や孤独が重要な引き金になり得ると指摘している。(過小評価はできない)
Photo:Eric Ward /Unsplash
前述のヤングは、社会人類学的という側面でもエクソシズムを考察している。エクソシズムは何世紀にも渡り、女性のような弱者や社会規律を乱した者に対する政治的、弁明的な権力行使の手段であった。
イタリアのように宗教色が強い国ではエクソシズムが重要視されており、その存在感を軽率に否定することはできない。近年、「悪魔祓いと解放の祈り講座」の受講生が急増していることを考えれば十分理に適うだろう。
「悪魔祓いと解放の祈りに関する講座」は2005年から世界中の司祭(ここ数年は信徒にも門戸が開かれている)が集結し開催されているコースだ。2023年5月に講座は再開されるが、それにともないエクソシズムに関する議論も高まることは間違いないだろう。
このエクソシスト養成講座の主催者は、レジーナ使徒大学(ローマ)だ。これはローマ法王庁(バチカン)公認のキリスト在郷軍人会が推進する教育機関である。
エクソシズムという慣習は何世紀にも渡り、非信者や医師、心理学者の懸念に臆することなく継続して行われ、カトリックの聖職者や信者間で支持を集めてきた。エクソシストが現代社会に必要なのかは疑問だが、それを信じている人々は確かに存在しているのだ。
Photo:Ryoji Iwata / Unsplash