ウクライナ侵攻で世界に生じた6つの大きな変化とは:英シンクタンクが発表
プーチン政権は短期間で決着がつくという甘い見通しのもと、ウクライナ侵攻を開始した。ところが、ウクライナの頑強な抵抗に遭い戦闘は長期化、その影響は世界各地に及んでいる。
英国の王立国際問題研究所(チャタム・ハウス)は「この戦争はヨーロッパの安定を脅かすものであるばかりか、食糧とエネルギーの安全保障という点では国際的な悪影響をもたらした」としている。
写真:Twitter @ChathamHouse
チャタム・ハウスのブロンウェン・マドックス所長は当時行った講演の中で、ロシアによるウクライナ侵攻で特に著しい変化を見せた点について概説している。そこで、今回はその変化を1つずつ見てゆくことにしよう。
ロシアによるウクライナ侵攻がもたらしたのは国際社会の混乱だけではない。既存の同盟関係に変化をもたらしたり強化したりすることで、新たな火種を生むことになってしまったのだ。
AP通信のデイヴィッド・ライジング記者によれば、ウクライナ侵攻は「欧州と米国の結束やNATOに新たな息吹を吹き込んだ。一方でロシアは中国やイラン、北朝鮮に接近することとなった」という。
開戦1年を迎えたロシアによるウクライナ侵攻にあたり、イランと北朝鮮はロシアに対する武器支援を実施。中国も軍事的な支援を検討中だ。
2024年2月現在、ロシアはますます北朝鮮との連携を深めている。一方、米国はロシアが北朝鮮から調達した武器を戦場で使用しているとして非難。AP通信によれば、昨年12月から今年1月にかけて、北朝鮮製ミサイルがウクライナに向けて発射されたことを示す痕跡があるという。
一方、戦争が長引く中、ロシアは中国とも深いつながりを維持。シンガポール国立大学で政治学の教鞭を執る莊嘉穎教授は2024年2月、ボイス・オブ・アメリカ放送に対し「(中露は)ともに米国による圧力を感じているため、互いに援護しあっています」と解説した。
しかし、各国がロシアへの制裁を続ける中、堂々と武器支援にいそしむイランの存在を無視するわけにはゆかない。イスラエル紙『ハアレツ』によれば、ロシア政府はイラン製ドローン「シャヘド136」を少なくとも6,000機購入し、その支払いは金(きん)で行われたという。
ロシアがウクライナ侵攻に踏み切った直後、ドイツのオラフ・ショルツ首相は同国の再軍備拡張に充てる1,000億ユーロの予算を発表。その他の欧州諸国もすぐさまこれに倣った。
チャタム・ハウスのアナリストたちは、「独仏をはじめとする欧州諸国はロシアによるウクライナ侵攻前、地域一帯の新たな地政学的現実に適応できていなかった。今回のロシアの行動によって、欧州における安全保障体制は劇的な再評価を迫られるだろう」とコメント。
開戦以来、ヨーロッパによるウクライナ支援の取り組みは強化される一方だ。2024年2月には、欧州連合(EU)が総額500億ユーロに上る支援パッケージを承認、ウクライナを支え続ける姿勢を打ち出した。
20世紀初頭の戦争が機関銃や有刺鉄線の導入によって一変したのと同様、今回は小型の民生用ドローンが戦争の在り方を変えることとなった。
BBCニュースによれば、「(ウクライナ、ロシア)双方にとって、ドローンは敵の標的を捕捉し、砲弾を誘導する上で効果を発揮しているのだ」という。
ドローンは高度なミサイルや迫撃砲といった兵器に比べはるかに低コストで運用できる上、オペレーターの生命を危険に晒すリスクも小さいことから、対人用自爆兵器としても多用されている。
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2023年12月には『フォーブス』誌が、ウクライナは一人称視点(FPV)ドローンを毎月5万機ほど製造しているが、その製造コストは1機あたり数百ドルに過ぎないと報道。同誌によれば、「今や、ウクライナ軍の兵器の中で、敵にもっとも甚大な損害を与えているのはFPVドローンかもしれない」とのこと。
核戦争で世界が滅びてしまうかもしれないという終末論的な論調は冷戦終結とともに過去のものになっていた。ところが、ウクライナ侵攻の開始とともに、核兵器をとりまく情勢も一変してしまう。
チャタム・ハウスのアナリストたちの報告によれば、「ジョー・バイデン米大統領が過去60年間でもっとも核戦争のリスクが高まったと宣言するなど、西側諸国でも懸念が強まっており、核兵器問題はふたたび議論のテーブルに上がることとなった」とのこと。
2023年、プーチン政権の高官たちはたびたび核兵器の使用をちらつかせ、西側諸国を威嚇してきた。具体的には原子力巡行ミサイル「9M730 ブレヴェスニク」の発射試験を行ったほか、2023年11月には包括的核実験禁止条約(CTBT)から離脱を決めている。
制裁措置としてロシア産の原油に60ドルという上限価格が設けられたほか、世界的にも重要な穀物生産拠点となっていた両国がのっぴきならない戦争に突入したことで、エネルギーおよび食糧供給に関する懸念が国際的な問題となっている。
これについて国際エネルギー機関は、「ロシアのウクライナ侵攻から1年が経ち、世界のエネルギー情勢は劇的に変化した」とコメント。
「世界各地でエネルギー価格が高騰し、消費者に大きな打撃を与えている」と付け加えた国際エネルギー機関。しかし、ロシア産原油に対する制裁にはポジティブな側面もあったようだ。
チャタム・ハウスのアナリストたちによれば、ヨーロッパはロシア産化石燃料への依存から概ね脱却したという。ただし、これによって西側諸国の経済はインフレの悪化に見舞われている。
プーチン政権がウクライナ侵攻でつまずいたことで、ロシア軍の脆弱さが露呈。チャタム・ハウスのアナリストたちはロシア周辺地域の安定に重大な影響が出ると予測している。
たとえば、欧州政策分析センターは、「地域における安全保障上の課題を調整する」ロシアの能力が低下したことで中央アジアに「覇権争いの活発化」がもたらされ、その影響が「さらに広域」に波及する可能性があると指摘。
かつて無敵と恐れられていたロシア軍が馬脚をあらわしたのは事実だ。しかし、ウクライナの戦場で無数の装備品を失ったことを受け、ロシアは戦時体制へと移行。西側諸国の支援を上回るペースで武器弾薬を製造するようになった。
実際、ロイター通信によれば、ロシアの2024年予算では国防費が前年に比べ70%増加。これに安全保障費を加えると国家予算全体の40%に達するという。
ウクライナ侵攻がどのような形で終結するにせよ、世界が元通りになることは決してない。新たな平和と安定がもたらされることを願うばかりだ。