ウクライナの街角にストリートアート登場:正体不明のバンクシー
数ヵ月にわたって沈黙を貫いていたバンクシーだが、ようやく活動を再開。なんと、キーウ郊外のボロディアンカをはじめ、戦争で荒れ果てたウクライナの街角のがれきにグラフィティを描いたのだ。
バンクシーはInstagramのプロフィールに動画を投稿し、2022 年11月の爆撃で破壊されたウクライナの街角の壁に7つの作品を描いたことを明らかにした。この動画は「ウクライナの人々との連帯を」という言葉で締めくくられていた。
作品に描かれているのはバスタブに浸かる老人や、がたいのよい男を放り投げる子供(プーチン大統領が柔道を嗜むことはよく知られている)、キーウのがれきでシーソーをする子供たち、首にサポーターをつけリボンを振って踊るダンサーなどだ。
ところが、キーウ郊外に描かれていた、ガスマスクを付けてガウンを羽織り、消化器を手にした人物のグラフィティが窃盗の被害に遭ってしまった。
『ガーディアン』紙によれば、キーウ警察のアンドリー・ネビトウ長官はこの事件に関連して8人を逮捕、予備調査を開始したと発表したという。
バンクシーが戦争のもたらす荒廃や狂気を批判し、平和への思いを作品で表現したのはこれが初めてではない。しかし、謎に包まれた「バンクシー」とは一体何者なのだろうか?
ジャーナリストたちが長年にわたって収集した情報によれば、バンクシーは白人のイギリス人男性で金髪、40代だとされている。しかし、彼の正体は依然、世界屈指の謎のままだ。
画像:Michael Korol / Unsplash
バンクシーの初期作品はすべて英国ブリストルの街角に描かれていたため、彼はブリストル出身だと考える人も多い。
バンクシーの匿名性は彼の芸術を特徴づける大きな要素だが、もちろん人々は彼の正体について詮索するのをやめてはいない。そして、ブリストル出身のストリートアーティスト、ロビン・ガニンガムではないかという説などが囁かれている。
また、アイルランド出身のラジオパーソナリティ、ロビン・バンクスの異名がバンクシーだという説もある。「ロビン・バンクス」という名前は、英語で発音すると「銀行強盗」にも聞こえるため、バンクシーの破壊的なスタイルにぴったりだというのだ。
画像:Niv Singer/Unsplash
また別の説によれば、バンクシーは慎ましい労働者階級の出身だとされている。ブリストルの肉屋の息子だという話もあるが、これはでっち上げだとも言われており真相は謎だ。結局、人々はバンクシーの正体についてあれこれ詮索しては噂を流しているのだ。
画像:Nicolas J. Leclercq / Unsplash
バンクシーの正体について最も有力な説はジャーナリストのクレイグ・ウィリアムズが提唱したものであり、音楽ユニット「マッシヴ・アタック」のロバート・デル・ナジャではないか、としている。
ウィリアムズによれば、バンクシーの作品はマッシヴ・アタックのコンサート会場の近くで発見されているのだという。これはただの偶然ではないだろう、というのがウィリアムズの持論だ。
画像:Dscreet films / Youtube
バンクシーは、2010 年のサンダンス映画祭にドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』を出品。作品がプレミア上映されたユタ州のパークシティには無数のグラフィティが登場することとなった。しかし、人目が集まる中でも正体が暴かれることはなかった。
バンクシーの知人だと主張する人はあまりいない。ジャーナリストのサイモン・ハッテンストーンが駆け出しの頃、一度だけバンクシーにインタビューすることができたと述べているほか、ストリートアーティストのティエリー・グエッタはリサーチプロジェクトの最中に偶然バンクシーと知り合い、ドキュメンタリー映画『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』に協力することになったという。
画像:Belinda Fewings/Unsplash
正体が誰であれ、バンクシーの思想ははっきりしている。社会規範に反抗する古き良きパンクで反資本主義的、パレスチナの人々を支持しているのだ(パレスチナには彼の傑作がいくつかある)。
2020年には「ブラック・ライヴズ・マター(BLM)」運動への支持を作品で表現、米国や世界で蔓延する人種差別を糾弾した。
バンクシーは実は個人ではなく、同じ作風のグラフィティを集団で制作する複数のストリートアーティストたちからなる国際的ネットワークなのではないか、という説も持ち上がっている。
バンクシーが好んで作品のキャンバスにするのは公共の場に面した壁だ。意外性と反抗精神を掲げるストリートアーティストなのだから当然と言えば当然だが、時が経つにつれ彼の作品は有名になり、絵画泥棒に狙われるようになってしまった。たとえば、2015年に発生したパリ同時多発テロ事件の犠牲者を追悼する作品は窃盗の被害に遭ったのち、イタリア警察の手で回収されている。
ギャラリーでの展示を受け入れることもあるバンクシー。しかし、彼の反抗精神が発揮されるのは街角だけではない。たとえば、オークションにかけられた「風船と少女」のコピーは買い手がついたとたん、自動で粉々になってしまった。作品を収めたフレームにシュレッダーが仕掛けられていたのだ。その様子を撮影していた人物こそバンクシーだと主張するオークション参加者もいたが、そのことを証明できる者はいなかった。
「真珠の耳飾りの少女」を描いたヨハネス・フェルメールに匹敵するほど有名になってしまったバンクシー。ブリストルに登場した「鼓膜の破れた少女」と呼ばれるこのグラフィティは、コロナ禍の犠牲者や医療従事者に捧げられたものだ。
バンクシー作品の価値は年々高まっており、これまでの最高額は2019年のオークションでつけられたおよそ1,200万ドルとなっている。
現代文化の象徴として、人々に注目されるバンクシー。今のところ、その名前を聞いて思い浮かぶのは彼の作品群だけだろう。しかし、どのようなものであれ秘密を守り続けるのは容易ではない。いずれ、バンクシーの正体が判明する日もやって来るのではなかろうか?